第18話

 その時、甚助の胸の当たりで「ぶぶぶ」という奇妙な音が響いた。

「あ」と甚助は懐に手を入れ、印籠のような形状の道具を取り出した。

 ぱちりと貝殻のように開くと、耳に押し当てる。

「はい、甚助でござる。はあ、はあ、殿が……承知!」

 印籠を懐に収めると、甚助は立ち上がった。作事場に向け、大声を張り上げる。

「皆、聞けえーっ! 今より殿がお通りになられる! 道を空けろーっ!」

 甚助の大音声に、傀儡や作業中の大工は慌ててその場を離れていく。

 源二は呆気にとられていた。一体全体、何がおきた?

 次の瞬間、さっと勢いよく建設中の城門が開かれ、そこから二輪車うま爆音いななきが響いた。

 真っ黒な塗装の二輪車が飛び出した。二輪車には一人の若者が颯爽と跨っている。

 片肌を脱ぎ、兜も被らず、髷は茶筅に結ってある。後から数名の徒歩かちの者が脛を飛ばせて走っていく。

 若者は二輪車の梶棒アクセルを一杯に開いて、全速力で駆け抜けた。

「あれが、上総ノ介殿だ」

 甚助の解説の言葉に、源二は驚いていた。まだ青二才ではないか。

 徒歩の最後に、瓢箪を抱えた貧相な男が、せかせか駈けて行く。顔を真っ赤に染め、遙かに遠ざかって行く二輪車を追いかける。瓢箪には機能水スポーツ・ドリンクが詰まっているのだろうか、ひどく重そうである。

「そして、あれが、おれの仕えている木本藤四郎越前ノ守さまだ。ああ見えて、上総ノ介様の信任が篤く、家臣の中で異例の出世をなしとげたお人だ。あの人の配下でいる限り、おれもいつかは城持ちになれると考えている……」

 源二は甚助の懐を指差した。

「今さっき出した小道具は、何じゃ?」

「ああ、これか」

 甚助は、さっきの印籠を取り出した。表面はつるりとして、真ん中から二つに割れるような蝶番があった。

無線行動電話ケータイと南蛮人は言うておったな。これで、遠くにいる相手と話すことができるのだ。さっぱり理屈は判らぬが、しごく便利な道具じゃ。さっきは、あの藤四郎様が殿が二輪車をお責めになるので、道を空けよと命じたのだ。あの二輪車は上総ノ介殿の一番のお気に入りで〝千載〟という名をお付けになっておる」

「南蛮人が、ここにも参っておるのか?」

 源二の質問に甚助は「いけねえ!」という表情になった。うっかり口を滑らせた、といった体だが、源二は信じなかった。甚助の言葉には、すべて裏がある。

「なあ、源二さん。おれの話に乗る気は、ないのかね? あんた程の腕前の持ち主が世間に埋もれるのは惜しい。そうじゃないか?」

 源二は立ち上がった。

「拙者に構わんでくれ! 一言、念を押しておく。良いか、もしこれ以上しつこく付き纏うつもりなら、こちらにも覚悟があるぞ!」

 本気だった。源二は殺気を込めて甚助を睨みつける。

 一瞬しげしげと真顔になる甚助だったが、すぐ笑い顔になった。

こわや、怖や……源二殿の殺気は物凄い……」

 剽げた様子で甚助はつぶやいた。

 源二はくるりと背を向けた。物も言わず去っていく。

 しかし奴が諦めるとは思えなかった。源二は、甚助の執念深い視線が背中に貼り付いているのを感じていた。

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