ボーダレス
由文
プロローグ:すべての始まり
核戦争への恐怖や宗教戦争に疲弊した人類は、陸地のない北極を中立の象徴とし、領土・宗教などをはじめとする一切の争いを排除し、平和な世界を構築していくことを約束した。その年を
それから100年余り、人類は約束通り平和に暮らした。
―――
この年、世界にある変化が訪れた。
どこからともなく、地球外の生命体が世界各地に現れたのだ。それは、宇宙から飛来した訳でなく、地中から出てきた訳でなく、海から出てきた訳でもなかった。それは、いつの間にかそこに居た。それは、地球上の常識を超えた常識を持っており、地球上では考えられない知識と技術を有していた。ヒトとは違うが、ヒトに似た姿を模していたそれは、異なる世界から来た人、異世界人として極秘裏にこの世界に迎えられた。
―――
世界各国のトップは、異世界人からその知識・技術を得ようと、接触を試みた。その中、新興国ネオフロンティアが最初に接触に成功した。この国が異世界人との意思疎通の手段を独占することになり、結果、異世界人からの知識や技術も独占する形となってしまった。異世界人からもたらされる、全く新しい知識と技術。この普及により、一つの国だけが富を独占するようになり、新たな争いの火種が生まれることになった。
表向きは平和を続けている世界の上で、その知識や技術を得ようと、躍起になる国々。平和を求めようと始まった世界で、再び争いが起こるようになった。
―――
日本、ネクスコミュー研究所。ここである実験が行われようとしていた。
再び争いが起こり始めた世界で、どのようにすれば平和を取り戻せるのか?世界は異なる言葉と考え方で溢れている。考え方が異なれば価値観も異なる。争いを起こさない為には話し合い、異なる価値観を認め合うことが必要だ。その為には理解を共有する為の、同じ言葉で話し合う必要がある。地球全体で同一言語を共通言語として教育をすれば解決するが、それを行うのは難しい。それに共通言語に選ばれた国、民族に対して不満が募り、新たな火種となってしまう。
その為、画期的な手法でその問題を解決しようと、日本で一つの研究が進められた。母国語とする言語が違っても、相手と意思疎通がとれる技術の開発。その研究は実を結び、頭に特殊な装置をつける形での実験では、一対一での意思疎通が可能なことが証明された。だが、いちいち大仰な装置を頭に着けていたのでは普段の意思疎通には不十分だ。研究は、その効果を空間に対して発揮するよう改良し、今日の最終実験まで漕ぎつけたのだった。
「実験空間の固定、最終チェック、開始します。」
「実験空間の機密性チェック。隔壁閉鎖、OK。真空域による空間の遮断、OK。後は電磁的遮断だけです。」
「被験者の状態、最終チェック。被験者A、推定10歳 、原住民の子供、氏名は不明。健康状態、精神状態ともに良好です。」
「被験者B、日本人の子供、10歳、
研究所の一室、室内に並ぶ大量のモニタ。そこに映し出される情報を見ながら、研究員たちが続々と報告する。その中で、研究のリーダーであり、被験者、橋浪太一の親でもある
「橋浪リーダー。実験を開始したら終了するまで、実験室への一切の介入は出来ません。お言葉があるなら今のうちに。」
「ない。実験を開始してくれ。」
「分かりました。電磁的遮断を実行、実験室に意思共通化空間を展開します。10分後、実験開始の合図を音声で実験室に流します。こののち、被験者Bによる、被験者Aとの意思疎通の試みが行われます。実験開始から30分が経過するか、被験者A、被験者Bのどちらかによる緊急停止ボタンが押された場合にのみ閉鎖された実験空間の解除が行われます。それまで、こちら側からの接触は出来ません。実験の成否は、それまでお預けです。」
裕彦の後ろに立つ男、
「いよいよだ。」
裕彦の隣には所長の
「これが成功したら、世界は言葉の壁を取り払い、平和への大きな一歩を踏み出せるだろう!」
普段は冷静で落ち着いた話のする達蔵だが、今日は声のボリュームが大きい。興奮して、抑えることが出来ていないのだろう。
「まだです。実験が終わり、結果を確認してからでないと。」
裕彦がいうと、達蔵は顔をしかめた。
「ケチ臭いこというな!今までの実験ではすべて成功しているではないか!今回の実験は最終確認のようなものだ。成功同然ではないか。」
「今までと空間の広さが違います。やはり結果を見るまでは安心できません。」
「本当に慎重な男だな 。まあ、だからこその成果なのだろうな。」
裕彦の言葉に機嫌を損ねるでもなく、達蔵は笑みを絶やさずにモニタを眺めていた。
「そろそろ閉鎖から10分です。音声が流れて、いよいよ実験開始です。」
一郎が言うと、部屋の中を緊張と静寂が覆った。実験室とは完全に遮断されるため、一切の観測が不可能となる。実験が終わるまで、じっと待つ他にない。さっきまで笑っていた達蔵も、さすがに真剣な表情になり、実験開始からの経過時間を示すモニタをひたすら眺めていた。
皆で固唾を飲んで見守る。10分が過ぎ、20分が過ぎ、30分が過ぎた。実験が終了したことを知らせるアラームが鳴り響く。
「実験時間、終了。展開された空間の解除後、実験空間の閉鎖が解除されます。」
「電磁遮断、解除。実験室の中を映します。」
モニタに実験室の様子が映し出される。だが、その様子は実験前とは大きく変わっていた。
室内を映すカメラの向きが変わっていた。おや、と思い、被験者の姿を探す。被検者である原住民の子供は、部屋の片隅で怯えていた。身体のあちこちに傷があり、血がにじみ出ている。そしてもう一人の被験者、裕彦との息子は、部屋の中央で立ち尽くしていた。服は破れ、身体のあちこちに傷が出来ていた。
室内では、ありとあらゆる備品の位置が変わっていた。いや、ありとあらゆるものが動き続けていた。ペン、紙、机、椅子、それらが宙に舞い、暴れている。部屋のあちこちで爆発にも似た破裂音がしている。明かりは不規則な明滅を繰り返している。それらは被験者である裕彦の息子、太一を中心にして起こっていた。
「一体何が起きた!?」
「実験は失敗です!至急、被験者の保護を!」
「両被験者には遠隔で麻酔を!状況を報告しろ!」
怒号が飛び交い、状況の収拾に室内を駆け回る職員。何が起きているのか、事態を把握しようとする達蔵と一郎。その中、裕彦だけは実験室の中に移っている息子、太一を呆然と眺めていた。
世界平和に向けた世紀の実験は、こうして失敗に終わった。
実験失敗の日を境に、日本では15歳以下の少年少女を中心に、超能力とも呼べるような、奇妙な能力を持つ人間が現れ始めた。それは、ロウソクに火を灯す程度の小さな発火能力もあれば、大きな物体を自在に操ることの出来るものまで、実に様々だった。
最初は驚きと珍しさでその能力をもてはやしていたが、能力を悪用して犯罪を起こす子供たちが出てくることで、社会は能力自体を危険視するようになった。
―――
能力を持っている人間は危険人物と判断され、恐怖の対象となっていた。その為、能力の発現が確認された子供は、一つの施設に収容され、監視下に置く法律が制定された。能力を世間に知られて一度施設に連れていかれると、一生出られない―――子供たちの間ではそんな噂が流れていた。
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