カトリーヌとお散歩


「たまには早起きも良いものですねぇ」


 普段は夜更かしが常態化している闇の住人たる私ですが、ネット環境も深夜アニメもない異世界では自然と就寝時間も起床時間も早くなります。


 この世界の一日が地球と同じ二十四時間なのかは分かりませんが、私の体感的には夜九時かそこらには床に就いている感覚ですよ。

 食事も野菜やタンパク質多めの栄養バランスが良さそうなメニューばかりですし、このままでは健康的な生活習慣で魂的なモノが浄化されてしまいそうです。


 いや、まあ良い事なんでしょうけれど、どうにも時間を持て余してしまいます。

 普段ならたまに早く目が覚めても即座に二度寝を決め込むところなのですが、目がパッチリ冴えていて全く眠くありません。とりあえず、まだ隣で寝ていたミアちゃんを起こさないようにベッドを抜け出し、手洗いでも済ませようかと部屋を出ました。



「おはよう、リコ」


「やあ、おはようございます、クロエさん」



 手洗い洗顔その他諸々の用事を済ませた私は、お屋敷の廊下でクロエさんとばったり出くわしました。彼女のキャラクターからすると昼過ぎまで寝ているような印象がありますが、意外にも早起き派のようです。


 

「散歩ですか?」


「うん、カトリーヌと一緒にね」


「ほほう」



 どうやら彼女はこれから早朝の散歩に出かけるのだとか。このお屋敷で飼っている乳牛のカトリーヌを連れてご近所を一周してくるそうです。

 カトリーヌにはこれからミルクを出す仕事がありますが、なんでも搾乳前に軽い運動をさせることで牛乳の出が良くなるそうな。



「私も付いて行っていいですかね?」


「いいよー」



 これは丁度いいヒマ潰しになりそうです。

 私は彼女たちの早朝散歩に付き合うことを決めました。







 ◆◆◆







 前々から妙に賢いと思っていたカトリーヌですが、その実態は私の想像以上だったようです。

 お屋敷の庭先で既に待機していたカトリーヌと合流した私とクロエさんは、颯爽とその背にまたがりました。

 推定体重半トンはありそうな成牛にとっては、私達二人程度乗せたところで全く負担にはならないのでしょう。騎乗するスペース的にもまだまだ余裕があります。



 この時点で私の知る散歩とは違う気がします。



 カトリーヌはそのまま門のほうへと向かい、街中へと歩み出しました。

 鞍も何も着けていない背に直接乗っているのですが、カトリーヌがバランスを巧みに調整しているのか、多少の揺れはあっても落ちそうにはなりません。



 ちなみに散歩のコースに関しても、毎回カトリーヌの気の向くままに任せるようです。

 馬車や人の邪魔にならないように進行方向や速度を細かに調整し、なおかつ騎乗する我々のバランスを崩さないようにする細やかな心遣い。どうやら石畳の上だというのに、足関節を柔らかく使って歩行の衝撃を逃しているようです。

 この身のこなし、只者では……否、只牛ではありません。

 一介の家畜にしておくには惜しい逸材です。

 


「……それにしても、散歩とはいったい?」



 これ、もしかしてカトリーヌ“が”クロエさんを散歩――――牛に乗るのを散歩と言い張るのであれば――――させているのではないでしょうか?

 そこを深く追求すると、今こうして牛の背にまたがっている私も一緒にお守りをされていることになってしまいますが……、


 モォ、と鳴いたカトリーヌの声が「気にするな」と言っているように聞こえました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る