デビュー戦


「これは絶景ですねぇ」


 お昼休憩を終えて、私達は北にある森の近くまで移動しました。ちなみに現在魔道車を曳いているのはミアちゃんですが、カトリーヌ以外は全員下車しています。

 それで目の前の森ですが、木々の一本一本がかの屋久島の有名な杉のように巨大で、相手が植物だというのに一種異様な迫力さえ感じます。



「これならば魔道車も通れそうですね」



 遠くからは森の木々が密集しているように見えましたが、近くで観察したら木の巨大さに比例してその間の隙間もそれなりの広さがあったので、普通の馬車より大きな魔道車でも道を選べばちゃんと進めそうです。

 深い森ではありますが、目的地は木々の隙間からチラチラ見えている山なので迷う心配も不要そうです。いざとなれば木登りでもすれば方角を見誤る事はないでしょう。


 なので、道に関しては問題ないのですが……、



「……なんだか変な鳴き声とか聞こえるんですが」


「ああ、ここには色々ヤバい生き物も住んでるからな。魔法を使ってない時に不意打ちされたら即死するかもしれないから注意しろよ」



 と、ジャックさんからありがたい忠告をいただきました。

 それでさっきから全員が魔法を使っているんですが、ぶっちゃけかなり怖いです。遠くから何か大きな生き物が移動する音だとか、キイキイ甲高い鳴き声なんかが聞こえたりして、その度にビクビクしてますよ。



「まあ、この辺の森の浅い所には小鬼ゴブリンか狼くらいしか出ないから安心しな」


「小鬼ですか、それくらいなら……」



 ちょっと前にちぎっては投げ、ちぎっては投げと無双していましたから、ミアちゃん達が。いざとなったら私の事も守ってくれると信じましょう。


 そもそも私、この世界に来てから戦ったのは初日のイモムシだけで、それ以来何もしていませんね。

 この前の救出作戦の時も、結局見たのは死体だけで戦うどころか生きている小鬼すら見ていません。地下神殿の中ボスポジションだったクロエさんも一緒にいた兵隊さん達を煽ってフクロにしてもらったので自分の手は汚していませんし……ん?

 ……あの時はそれが最善と信じての行動でしたが、もしかするとクロエさんのオツムがポンコツ気味なのは、あの袋叩きで脳に異常が生じたからとかじゃないですよね?

 そんな恐るべき可能性に今更ながらに思い至りましたが、あの緊張感のないアホの子な性格が重篤な後遺症の結果だとするとギャグっぽかった話が一気に重くなりすぎるので、そうではないと信じましょう。

 ええ、あの人はきっと元からパーだったのですよ。そうに決まっています。私は無実です、取材は弁護士を通してください。知らぬ間に自分が重大な傷害事件の主犯になっていたとかマジ勘弁ですから。




「さて、話を戻しますが、この森怖いですねぇ、ちょー怖いです」


 先程気付いた恐ろしい可能性のせいで、目の前の森の恐怖感が相対的に薄れていました。

 恐ろしげな音もよく聞けば発生源はかなり遠くなので、遭遇する可能性はまずありませんし、森の生き物は近付いてくるどころか我々を見ると即座に逃げ出しているようです。現在は四人とも魔法でマッチョ化している状態ですし、彼我の戦力差を本能的に感じ取っているのかもしれません。

 仮に向かってくる生き物がいても、これだけの戦力がいれば負ける事はまずあり得ないでしょう。この身体ってやたら頑丈ですから、生半可な肉食獣なら噛み付かれても皮膚に牙が通ることすらないかもしれません。








「そうかリコ嬢ちゃんはまだ実戦の経験がないのか」


「ええ、お恥ずかしながら」



 恥ずかしい事なのかどうかは不明ですが、社交辞令的にジャックさんの問いに答えました。



「だったら、今のうちに弱い敵を相手に実戦の経験を積んでおいたほうがいいかもな」



 私としては戦わずに済むならばこのまま最後まで戦いたくないのですが、こんな森の中を進むなら現実的に考えてそれは難しいでしょう。いきなり強敵相手に実戦というよりは、弱い敵からじょじょに慣らしていったほうがいいというのはあるかもしれません。



「ほら、あそこにちょうど良さそうなのがいるし、見ていてやるからちょっと行ってきな」


「ええと……アレですか?」



 ジャックさんが指差した先には、森の中に似つかわしくない巨大な生物が。まだ距離があるのでこちらには気付いていないようですが、我々の進行方向上にいるのでそれも時間の問題でしょう。

 特徴を挙げていくと、巨大なトカゲのような風貌で、口の中には鋭い牙が並び、頭部から背中にかけて背ビレが生えています。

 全身を覆う赤い鱗は見るからに硬そうで、もし銃で撃っても簡単に弾かれてしまうだろうと思えます。 

 それに、口の端からチロチロと火の粉が舞っていますね。もしかしなくても口から火を吐くのでしょう。



「……ドラゴンじゃないですか」


「ああ、ドラゴンだな」



 デビュー戦の相手には荷が重いと思うのですが、ジャックさんはさっさと行ってこいとばかりに手をヒラヒラ振っています。



「リコちゃん、頑張ってね」


「頑張りたまえ、リコ君。なに、やれば案外なんとかなるものだよ」



 蚊帳の外だった二人に視線で助けを求めましたが、この兄妹はすっかり観戦モードのようです。とても助力を期待できる雰囲気ではありません。


 どうやら、本当にやるしかなさそうです。まあ、本当に危なくなったら皆が助けてくれるでしょう、たぶん、きっと。

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