不運と踊っちまった者達
「げろげろげろげろげろ」
失礼、冒頭からいきなりお見苦しいものをお見せしました。さっき食べたばかりの朝食が全部出ちゃいましたよ。勿体無い。
例の魔道車に乗ってしばらくは我慢していたんですが、あまりにも揺れが酷くて車酔いをしてしまったのです。車内で吐くのもどうかと思ったので快調に飛ばしていたロビンさんに一度魔道車を止めてもらい、今は小休憩となっています。
私以外の面々は、牛のカトリーヌ含め全員平然としているのは何か釈然としませんが、このままでは目的地に着くまでに胃液を吐きすぎて干からびてしまいそうです。
「リコちゃん、大丈夫?」
「ええ、どうにか……」
まだ少し足元がフラつきますが、水筒の水で口内をゆすいだら少しはマシな気分になりました。
とはいっても、もうなるべくなら魔道車には乗りたくありません。
恐らくは時速百キロ出ているかどうかくらいのスピードだと思うんですが、アスファルトで平らに舗装された道路と違いほとんど未舗装でデコボコの地面の上でその速さですから揺れるのなんの。
「じゃあリコ君、少し早いけど交代しようか? 自分で走る分には酔いもないだろうし」
「そうですね、じゃあそれで」
少し迷いましたが、ロビンさんのこの申し出に乗ることにしました。
自動車でも自分で運転する分には酔いにくいそうですし、魔法の力(人力)で走るこの魔道車であればなおさら自分が引っ張っている時は酔わずに済みそうですから。あまり肉体労働はしたくありませんが、延々と吐き気と戦うよりは肉体疲労のほうがまだマシです。
「では、いきますよ『
靴だけ脱いで魔法を使いましたが、目論見通りに服が破れることはありませんでした。
ローブは魔道車の牽引器具を装着するのに邪魔なので脱いで車内のミアちゃんに預け、胴体と手足に器具を身に着けていきます。
「へえ、これ意外と動きやすいんですね」
車体前面で全身を拘束されているような見た目ですが、動くのに不自由はありません。これなら走っても問題なさそうです。
「では
最初はジョギングくらいのペースで、少しずつ速くしていって全速力の七割くらいの速さで安定させていきます。あまり速すぎると障害物があった場合に回避や停止が間に合いませんし、安全運転は大事です。
「風が気持ちいいですねぇ」
道のなるべく平らな部分を選んで走り、車体が揺れないように調整します。私以外は車酔いに強そうなのですが、車体にかかる負担が低いに越したことはないでしょう。
それにしても、これだけ巨大な物体を私が動かしているというのは今更ながらに不思議な気分です。まあ、流石にこれだけ大きな物なので軽々ととはいかず、それなりに重さを感じますが。
「あ、それならば……『
どうせ魔力は有り余っていますし、思いついて上位の魔法を使ってみたのですが、みるみる間に身体が軽くなっていくのが分かりました。先程まではそれなりの重さを感じていた車体もほとんど負担に感じません。
外見は『筋力強化』使用時とそれほど変わっていないんですが、筋繊維の一本一本から感じられる力強さは段違いです。まだ全力には程遠い力しか出していませんが、さっきまでよりも遥かにスピードが出ており、まるで高速道路をエンジン全開で飛ばしている車のように風景が一瞬で後方へと流れていきます。
最初は自分が馬車馬の役目をする事に抵抗がありましたが、車内にいるよりもよっぽど快適です。風が肌を撫でる感覚が心地良いですね。車やバイクで速さを追求する、走り屋と呼ばれる人々の気持ちもちょっとだけ分かる気がします。まあこっちは自前の足で走っているので、どちらかというと陸上選手のほうが近いかもしれませんが。
そのまま、じょじょにスピードを増していき、全速力の八割ほどでキープ。魔法の使用中はスタミナ切れはありませんし、思ったとおり魔力切れの兆候もありません。
いつしか、かろうじて存在していた道は途切れ、草が生えるだけの草原に突入していましたが、なにせ今回の目的地は前方に見える山ですから迷子の心配は要りません。
その山もついさっきまでより随分大きく見えるようになってきましたし、このままいけばもう二時間もかからずに山の麓まで行けるかもしれませんね。いえ、
「ようし、どうせならもっとスピードを上げますか! 『
「ストーップ、止めてっ! リコちゃん、止まってっ!?」
更なる上位魔法の『
その疑問の答えは、魔道車の車内から顔を青褪めさせて転がり出てきた三人の行動がこれ以上ないほど雄弁に物語っていました。
「えろえろえろえろえろ」
「おろろろろろろろろろ」
「おえええええええええ」
三人とも、胃の内容物を一気に吐き出しています。これは、つまりそういう事なのでしょう。
「調子に乗って飛ばしすぎましたか」
普通の『筋力強化』の速さまでは対応できた彼らの三半規管も、上位の魔法による速さと、それに伴って加速度的に増した揺れには敵わなかったのでしょう。
「これはいわゆる事故、
これは避けようのなかった不幸な事故、そう仕方のない事なのですよ。てへぺろ♪
「明らかに……人災だと……思うよ……!」
こんな時だというのに、美少女がしちゃいけないタイプの表情を見せながらもミアちゃんが律儀にツッコミを入れてくれました。毎度ありがとうございます。言い終わった後でまた嘔吐に戻りましたけれど、その根性は流石です。
「そういえば」
車内にいたカトリーヌは無事でしょうか?
あれだけタフな三人がこの有様ですから、揺れの衝撃でタルタルステーキになっていたりしませんでしょうか。心配して魔道車の中を覗き込んでみましたが、
「呑気ですねえ、あなた」
カトリーヌはなんとこの状況でのんびりと昼寝をしていました。漫画みたいな鼻ちょうちんまで膨らませています。その泰然とした姿からは、ちょっとやそっとの事態では動じない大人物、ではなく大牛物の風格さえ感じました。
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