私の素敵な親友


 「と、いうワケで……すいませんでしたーっ!!」


 「なんで、わたしいきなり全力で謝られてるの!?」


 善は急げと申しますし、お屋敷の前で帰宅したミアちゃんを待ち構えて、全力で謝りました。


 本当はジャパニーズDO・GE・ZAでもすべきかとも思いましたが、よく考えたら今着ている服は借りた物だったので、土で汚さない為に可能な限り深く頭を下げた立礼スタイルで妥協しました。もちろんご希望とあらば今すぐ土下座モードに移行する覚悟もありますが。



 「本当にごめんなさい、生まれてきてごめんなさい」



 ああ、考えてみれば私はなんと罪深い事をしていたのでしょう。純粋な友情を一方的に利用して食い物にするなど、到底許される事ではありません。



 「いっそ小指エンコでも詰めますか? それともハラキリでもしましょうか?」


 「な、なに言ってるの? 冗談でもそんな怖い事言っちゃ駄目だよ」


 「冗談ではありません。それに、これが私の故郷の伝統的な謝罪の方法なのですよ、マジで」


 「リコちゃんの故郷、そんな怖い所だったの!?」



 ああ、でも先述のどちらの方法でも、建前上は実行した者の名誉が守られるのでしたか。こんな私に名誉など勿体ない、なるべく苦痛と恥辱に塗れた罰でないと私の犯した罪には見合わないでしょう。



 「とにかく、落ち着いて!」


 「おぅふ!」



 下げていた頭を持ち上げようとした瞬間、その頭を抱きかかえるような体勢でがしっと抱えこまれました。プロレス技のフロントネックロックの前段階のような状況。この状態ではまともに動く事ができません。

 そのまま一分か二分か、お互いに何も話さずに動きを止め、それからミアちゃんが口を開きました。



 「落ち着いた?」


 「……はい」



 考える事が色々ありすぎて、少々錯乱気味だったようです。謝ろうとしたのにかえって心配させてしまうとは、なんとも申し訳ない気分です。



 「リコちゃん、なんであんな事したのか教えて?」


 「はい……実は、ミアちゃんと最初に会った時の事なんですが……それとそれからの事も……」



 お屋敷の門前という目立つ場所ではありましたが、場所を選べるような立場ではありません。その場で半ば勢いに任せて、これまでミアちゃんを利用しようとして近付き、そして今もなお下心を持って接しているという心情の全てをぶちまけました。



 「…………」



 私が語っている間、ミアちゃんは一言も話さず、黙って静かに話を聞いていました。彼女が何を考えながら聞いているのかを考えると、その……怖いです。


 考えてみれば、先程ちょっと話したお爺さんに勧められるがままにこんな告白をしようなど、どうかしています。普段の私であれば絶対にしないような選択のはずです。でも、そうせずにはいられなかったのです。結局、あのお爺さんはただのキッカケで、一度意識したらもう自分を誤魔化す事は出来なかったのです。



 「……私が貴方に近付いたのは、そういう理由があったからです。本当にごめんなさい。出て行けと言うなら今すぐ出て行きます」



 最後にそこまで言い切って、それからもう一度深く頭を下げました。


 ミアちゃんはどんな表情で私の話を聞いているのでしょう。やはり怒っているでしょうか。それとも悲しんでいるでしょうか。気になりますが、怖くて頭を上げる事が出来ません。


 知りませんでした、私はこんなにも怖がりだったのですね。無自覚でしたが、最初に勢い任せにワケも分からぬまま分からせぬままに謝ろうとしたのもその怖さから目を背ける為だったのでしょう。自分の卑小な性根がつくづくイヤになります。


 怪物も幽霊も怖くありませんでしたが、目の前の華奢な少女の反応が怖くてたまりません。彼女に嫌われたらと思うと、自然と目尻に熱いものがこみ上げてきました。





 「ねぇ、リコちゃん?」


 その呼びかけの後に続く言葉を想像すると震えそうになります。


 「わたしね、初めてお友達が出来て本当に嬉しかったんだよ」


 そうでしょう。

 そして私はその気持ちを踏みにじるような真似をしてしまいました。


 「リコちゃんのおかげでわたしも魔法が使えるようになったよね。本当にありがとう」


 あれは元々ミアちゃんに才能があったのでしょう。

 私がしたのは本当に些細な手助けに過ぎません。


 「一緒に美味しい物を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に眠ったり。今まで一人でしてきた事がこんなに楽しいなんて知らなかったの。リコちゃんは楽しくなかった?」


 「いえ……楽しかったです」


 これはウソではありません。本当に楽しかった。


 「だからね……だから……っ!」


 声の感じからすると、ミアちゃんは泣いているのでしょう。私も、頭を下げて地面を見つめたまま、いつの間にか涙を流していました。熱い水滴がポタポタと地面に落ちていくのが見えます。


 覚悟は出来ているつもりでした。

 でも、その覚悟というのは衣食住を得る為の拠点を失う事に対する覚悟であって、友人に拒絶され決別する覚悟なんてこれっぽっちも出来ていなかったのです。

 私は絶望的な気持ちで、別れを告げる言葉を待ちました。




 ですが、しかし私の友人は、私が想像していたよりも遥かに素敵な女の子だったのです。


 「だから……いなくなっちゃイヤだよぅ……っ!」


 彼女は最初から、許すとか許さないとか、私に下心があるとかないとか、そんな低い次元で物事を考えてはいなかったのです。



 「……怒って、いないのですか?」


 「怒ってるよ! こっちが知らないところで勝手に罪悪感感じて勝手に謝って、挙句の果てに勝手に出て行くなんて言わないで!」



 普段おとなしい人が本気で怒ると怖いとは聞いていましたが、まさかこれほどだとは。あまりの剣幕に一瞬で涙が引っ込んだと思ったら、今度は別の意味で怖くて泣きそうです。そういえばミリアさんも怒らせると怖いタイプでしたね。その性質が彼女にも色濃く受け継がれているという事なのでしょう。



 「わたし本気で怒ってるんだからね? もう、リコちゃんが泣いて嫌がっても絶対に離れないし、許さないから!」


 「あの、ごめんなさい……あ、でももし私が元の世界に帰るとなったら?」


 「じゃあ、この世界にいる間は絶対離さないから! それでいいよね!」



 それでいいんでしょうか?

 いえ、私としては願ったり叶ったりなのですが。



 「はい、願ってもないです」


 「じゃあ、これで仲直りだね。うん、じゃあこの話はこれでおしまい! 泣いたらお腹空いちゃった、お昼ご飯にしよう」


 「え、はい、そうですね?」



 ええと、いくらなんでも切り替え早すぎません?

 ハンカチで目元をぬぐうと、もういつものほんわかしたテンションのミアちゃんに戻ってしまいました。いつまでもあの剣幕で怒られたくはないので助かりますけど、スイッチを入れ替えるような感情の落差はなんなんでしょう。


 ともあれ、こうして私はノドに刺さった小骨のような負い目から解放されたのでした。いや、一人で空回りした挙句に泣いて泣かせて、私、本当にバカみたいでしたね、


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