カレー大好きガール


 「くっ、いっそ一思いに殺せ!」


 はい「くっ、殺せ」いただきました!

 言ったのは例のリーズさんのようですね。

 昨晩挨拶した時にも、言いそうな顔だとは思っていましたけれど、まさかここまで教科書どおりのリアル「くっころ」を聞けるとは思いませんでした。出来れば録音してスマホの着信音にでもしたいくらいですよ。

 スマホがあればこの神殿の撮影も出来たでしょうし、体育の時間中にこの世界に来たのでなければ多分持ってこれていたと思うんですけど、つくづく惜しかったですね。



 ちなみに現在がどういう状況かと申しますと、捕まった人達を助けようと思って牢の前に近付いたら私の気配に気付いたらしく、気配に対する威嚇として自然とさっきのセリフが出たようです。



 牢の中にいるのは全員が女性。

 これは別に元々の作戦に参加していた部隊が女性だけで構成されていたのではなく、小鬼ゴブリンが女性を選んで攫ったようです。


 男女混成の部隊からわざわざ手間をかけて女性だけを狙って捕まえたという事は、やはり繁殖要員として利用するつもりだった可能性が高いですね。いわゆる薄い本みたいに。タイトルを付けるなら『囚われた女騎士 ~快楽と絶望の狭間で~』みたいな感じでしょうか。いや、そっち方面にはそれほど詳しくないので勝手な想像ですが。

 

 牢に囚われている方々は酷く怯えている様子ですし、彼女達自身もその可能性、自分達がどういう用途で使われるかに気付いているのでしょう。

 気丈にこちらを睨むリーズさんも、よく見れば微かに身体を震わせています。まあ、こんな場所で死ぬまで小鬼の苗床コースとか、そりゃ怖いでしょうねぇ。逆にこの状況で平然と振舞えるほうが異常かもしれません。



 おっと、いつまで経っても動き出さない私を皆さんが不審な目で見ていますね。

 リーズさんとは面識がありますが、昨日会った時とは体格が大きく違いますし、地下牢の中は一段と薄暗いので顔もよく見えないのでしょう。

 まずは皆さんの警戒を解かないと脱出もままなりません。まずはフレンドリーに声をかけてみましょう。



 「ドーモ、ワタシ怪シイ者ジャナイデスヨ」


 「「「物凄く怪しいっ!?」」」



 おや、おかしいですね?

 昔、我が家の近所にあったインド料理屋さんは、こんな感じに片言で「怪しくない」を連呼して周辺住民からの信頼を勝ち取っていたのですけれど。

 残念ながら彼は、日本では法に触れるタイプのスパイス栽培が当局にバレて、半年ほどで本国に強制送還されてしまいましたが、当時小学生だった私も家族とよくお店に通ったものです。特別美味しいワケではなかったんですが、妙にクセになる味の真っ黒いカレーを出していましたっけ。



 「……思い出したら、なんだかカレーを食べたくなってきました」



 この世界にもカレーってあるのでしょうか?

 こっちに来てからスパイシーな料理はまだ食べていませんけれど、やけに食文化の発展した世界ですから希望はあるかもしれません。帰ったら早速ミアちゃんに聞いてみましょう。



 「というワケで、お腹も空いてきたので早く行きますよ」


 「何が『というワケ』なのか分からないけど、よく見たら、き、君は確か昨日の……!」



 今から急いで帰れば、まだお昼ご飯の時間に間に合うかもしれません。

 そういえば今回は急な話だったので、お弁当はおろか水すらも持ってきてないんですよ。完全なる手ぶらです。旅という程の遠出ではないので今回に関してはそれでも問題ありませんが、遠出をする時の食料については今後考えないといけませんね。



 「お弁当……お米はまだ見つけてませんからサンドイッチをメインに……でも、もし数日がかりになるともっと保存性の高い物を……」


 「その身体は……そうか君は魔法使いだったのか」



 キャンプ料理といえば、定番はバーベキューとかカレーですが、レジャーとしての食事とは色々と違う事でしょう。出来れば野外であっても美味しい物が食べたいですし、表面的なノウハウだけでも知っておきたいものです。


 そうだ、良い考えを思い付きました。

 軍属の方ならば仕事や訓練の過程で、野外での食事をする事も多そうですし、色々と詳しく知っているでしょう。餅は餅屋と申しますし、ちょっと聞いてみましょう。



 「もし、つかぬ事を伺いますが、野外での食事ってどのような感じで行うんですかね?」


 「そうか、我々を助けに来てくれたんだな、助力感謝する。もしかしてロビンも来ているのか?」



 そういえば、ロビンさんも軍属でしたね。その割にはちゃんと朝晩は家に帰って食事をしているみたいですが、ひょっとして時間の都合のきく役職なんでしょうか?

  魔法使いは高給取りだそうですが、それでいて時間的な制約も少ないとなると狙い目かもしれません。もし元の世界に帰れないとはっきり判明した時には、就職先の候補として入れる事も考えておきましょう。



 「ところで、さっきから気になっているんですが……」


 「ああ、奇遇だな、私もだ」



 やれやれ困ったものです。

 まあ、こんな状況ですから精神に多少の混乱があるのでしょう。相手は年上ですし、多少の非礼は大目に見て、やんわりと注意するのが大人の対応というものでしょう。



 「人が話している時はちゃんと聞かないといけませんよ」


 「頼むから、ちゃんと人の話を聞いてくれ……!」



 おや、向こうも同じような事を思っていたようです。

 お互いが相手の話を聞かずに自分の話を優先しようとしていたら、まともな意思疎通など出来るはずもありません。私としては、ただ快適な食生活を送りたいだけなのですが。



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