実話ありがとシリーズ① ピース∨ ありがと、りょうこ先輩。

田村優覬

ありがと、りょうこ先輩。

六月の下旬の頃。

今年の天気はまだ夏色に染まらず、洗濯物が乾きにくい湿った雨に覆われている。

でも、この季節になると、いつもあの日のことを思い出す。


――りょうこ先輩と共に戦った、夏のインターハイ予選決勝戦を。


高校女子ソフトボール部の三年生たちの引退が掛かった、無情で厳しいインターハイ予選が、この茨城県でも始まったんだ。

当時の私はまだ高校二年生――青春真っ只中のピチピチJK!

まぁリア充じゃなかったけどさ……。

部員は三年生が七人で、私を含めた二年生が三人。

一年生は誰一人いないほどの、部員十人ギリギリマイナー部だった。

その中で唯一補欠だったのが、この私――ゆうき。左投げ左打ちでポジションが固定されるスポーツだから、試合に臨むときは外野かファーストのどちらかに絞られた。もちろん、ピッチャーという大役を演じたことはない。


一度くらいはやりたかったけどね……。


でもそれは、浮き沈みの激しい私の性格、短気で生意気な態度が問題だったと思う。


アウトになったらベースを蹴っ飛ばして、審判から注意されたこともあったし。

三振したらバットを地面に思いきり叩きつけて、ヒビを入れたこともあった。

一番酷かったのは、監督のバントサインを無視してフルスイングしたときだったかな。ベンチに帰ったらハチャメチャ怒られた……。


だって、バントとかスラップみたいな小細工より、バッティングが大好きだったからさ……。


きっと監督もこんな私が嫌いだったから、選抜に起用しなかったんだろう。逆の立場だったら私も同じことしてると思うし、自業自得だって今は感じてる。

けれども、大会に向けて練習はたくさんしてきた!


特に、私が一番大好きな副キャプテン――りょうこ先輩といっしょに。


りょうこ先輩は私より背が低いのに、何だか頼れるお姉ちゃん的先輩だった。

入部したての私とキャッチボールしてくれて、“ゆぅ”って呼んでくれたときはホントに嬉しかったよ。

学校での悩みを聴いてくれたり、失恋したときは部活中なのに励ましてもくれたよね。

「ゆぅにはウチがいるから安心しな」

って、頭をポンと叩いてくれた感触まで覚えてる。

まぁおかげで、髪の毛に泥着いちゃったんだけどさ……。

そんなりょうこ先輩とは、四月から大会までの二ヶ月間、二人きりで夜遅くまで練習した。

確か、八時半ぐらいまでだったかな?

トスバッティングとか、素振りの見せ合いとか、手のひらにマメができても気にせず練習やったよね。


そんな練習を続けて迎えたのが、あの夏のインターハイ予選決勝。

あの日曜日の天気は味方してくれたのかわからないけど、太陽たいよう燦々さんさんの快晴で、真夏の甲子園すらよぎるくらい暑かった。


でも、夏の暑さなんかよりも熱いものが、私たちの試合への姿勢。


ここまで勝ち進んできた私のチームも、あと一歩で全国大会に行ける、大切な一試合に他ならなかった。


けど、やっぱそう簡単には勝てないんだよね……。


――カキーン!

――カキィィーン!!

――カキイィィーーン!!


何て言ったって、相手チームほ毎年全国大会に勝ち進むような強豪校。

ヒットは何本も打たれたし、ホームランまで打たれちゃった。

いざ私のチームが反撃をしようとしても、ボールが速い相手ピッチャーからは奪三振ショーを見せられた。それにバットに当たったとしても、堅い守備にはばまれ続けて、付け入る隙もほとんど見当たらなかった。


ボコボコに打たれて、バシバシ抑えられた。

力の差がありすぎだ。

ドラマやアニメでもなければ勝てっこない。


最終回を迎えたときは正直諦めるべきだと、私は試合が終わっていないにも関わらず思ってしまった、その矢先だった。


「ファーストに代わって、背番号7番!」


監督が審判に叫んだ選手交代。


それは紛れもなく、私の背番号だったんだ。


スターティングメンバーだった三年生の選手が、暑さのせいか、途中で足をつって動けなくなったからだ。

中学までは外野をやっていたからあまり内野は好んでなかったけど、とりあえず私はファーストミットを手にめ、早速一塁ベースへと向かい守備に着いた。

試合に出られたことよりも、隣のポジションだったセカンドのりょうこ先輩が笑顔で迎えてくれたことが、何よりも嬉しかったっけ。


でも試合は七回の表――ソフトボールでいう最終回。


点差は五点も開けられているのに、まだ相手の攻撃は終わらない。

だけど、次の反撃に繋げようと、私は気合いを入れるため叫んでみた。

「さぁ来いやーッ!!」

って、レディーなのに雄々おおしく。

気合いは充分! 

試合は早速再開され、集中して挑んだ!



だけどそれが反って、力みに繋がってしまった……。



――ポロッ……。

私はすぐに、エラーしたんだ。

周りから見たら簡単な、ボテボテのファーストゴロ。小学生でも捕れそうな、弱々しい打球だ。

でも私のミットからボールが飛び出してしまい、エラーで出塁させてしまった。


正直ムカついた。

エラーした自分に対する怒りが筆頭だった。

だけど、何よりもウザかったのが、相手ベンチからのヤジ。


――ファースト穴だ~!

――ミットの意味~!

――おいおい、また交代か~?


言った奴らは顔まで鮮明に覚えてるよ。マジで腹立ったからさ。試合終わったら、バット持ってシバキ襲ってやろうとも考えたよ……。


まぁ今では名前も知らないし、面倒だから調べる気もないけどね……。


――あ~うっぜぇ……。


ヤジにもあおられた私は、声出しも愚か、ずっと棒立ちのまま不貞腐ふてくされていた。

きっと先輩たちもヤバいと思ったんだろうね。すぐにタイムを掛けて、内野全員をピッチャーの元に集めさせた。

やっぱり先輩たちは私に、切り替えろって何度も言ってきた。でもキレてたから、全部空返事だけして、勝手にファーストに戻っちゃったな。


もう試合なんて、どうでもいい。


楽しくもない守備をやらされて、


好きでもないファーストを任されて、


挙げ句の果てにはヤジまで飛ばされた。



一言でまとめれば、やってらんなかった……。



とっとと試合なんか終わって、早く帰ってアイスでも食べたい。エアコンの効いた部屋で、今朝録画したスーパーヒーロータイムを早く観たいと考えていた、そんな胸中だった。



「ねぇ、ゆぅ?」



すると私を突然呼んだのは、セカンドのりょうこ先輩の声だった。


周りのみんなと違って、どこか落ち着いているようにも聞こえた。

それでも苛立ってた私は振り向きもせず立ち竦んでいたけど、小さな先輩は近づき背伸びして、私の耳元でこう言ってくれたよね。




「――最後くらい、いっしょに楽しくやろうよ?」




えっ……?

私は思わず聞き返してしまった。

でもりょうこ先輩は二度も言わないで、ニッコリ笑顔だけ残してポジションに戻った。

 

あれさ、


りょうこ先輩も、


試合を諦めてるのかと思ってビックリした。


実は私と同じ考えだったのかなって……。


だけど、りょうこ先輩は諦めなんかいなかったよね。 


――カキィィーン!!


私たちの守備が終わって七回裏。点差は七点とより開いて、ワンアウトランナー無しの敗北濃厚な場面。それなのに、りょうこ先輩は長打を打って出塁した。

三塁ベンチで眺めていた私は、そんな先輩の姿に釘付けだった。

一塁を駆け回れば、すぐに二塁へと向かい、迷わず三塁まで駆けてヘッドスライディング。

七点差もあるのに、みんなスゴく喜んでた。これで勝てるって言ってるようにも聞こえるほど。

起き上がったりょうこ先輩も、すぐにベンチに向かってガッツポーズしてたよね。期待に応えられて嬉しそうだった。

でも、りょうこ先輩と目が合ったとき、私は茫然としてたの覚えてるよね。


正直、勝てっこないって思ってたからさ……。


だけど、先輩は今度ガッツポーズじゃなくて、私に向かって小さなピースを見せてくれた。ただでさえ小さい先輩なのに……。

でもそれで、私はやっと気づいたんだ。



――りょうこ先輩は諦めてなかったから、



  諦めようとしてた私を、



  諦めさせたくなかったんだって――。




いっしょに、夜遅くまで練習した戦友だから。

いつも共に、帰り道を歩いた友だち以上の関係だから。

そして毎日、隣に引っ付いてた私だから、りょうこ先輩が言った気持ちがわかっちゃったんだ。



――りょうこ先輩!! ……ナイスバッティ~ン!!



久々に叫んだ私の声。

でも震えてたでしょ?

 

上擦ってたよね?


あれさ、


涙を堪えてたの。


試合中なのに。


だって、りょうこ先輩があんなこと言うから……。

突然言ってきて、私に優しい心を気づかせたから。ちょっと油断したら、今にも涙が溢れそうだったんだ。


その後、試合はすぐに終わっちゃって、もちろん私たちは敗退。共に三年生にとっては、引退の日となってしまった。


みんな泣いてた。


泣き崩れてた。


ベンチの中なのに、雨が降っていた。


その中で、私も泣いていた。


やっぱり考えられなかったからさ、先輩たち……いや、大好きなりょうこ先輩が引退しちゃうの。りょうこ先輩がいない部活動なんて、私も辞めたいと思ったくらいだよ。


でも、一人泣いていなかったりょうこ先輩が、最後私にこう言ってくれたから、続けることができたと思う。



「ありがと。来年は、ゆぅたちで勝ってね?」



また笑顔を見せてくれ、小さな身体で私を包んでくれたりょうこ先輩。

私はくしゃくしゃな顔で、うんッ!! って、思わずタメ口使っちゃったっけね。これでも尊敬はしてるから。


その後すぐに、先輩はなぜかトイレに向かった。

走って行ったし、戻ってくるのも遅かったから、御腹でも冷やしたのかと思った。


でも、りょうこ先輩。


あのときさ、


一人で泣くために、トイレに行ったんでしょ?


戻ってきたとき、ほほに涙の跡、うっすらだけど残ってたよ。



それから一年後。

三年生になった私は、また同じ舞台で、また同じ相手で、インターハイ予選決勝戦を迎えた。

結構いい試合だった。相手ピッチャーが荒れてたこともあって、五回までは同点の点取り合戦。

でも終盤の大事な場面。

新しく入部したセカンドの後輩が、エラーしちゃったんだ。そのせいで点も取られて、失点にも繋がった。

私以外の三年生はやっぱり、切り替えろとか、ドンマイとかで支えようとしてた。

でもそのセカンドのの表情は、いっこうに晴れなかったんだよね。えちゃってたみたい……。

隣のファーストやってた私には、よくわかった。

だから私はそっと忍び寄って、こう言ってあげたんだ。



「最後かもだから、楽しくやろうよ? いっしょにさ! ……プフッ!」



言葉の終わりに、私はピースを見せた……けど、ちょっと変な感じだったから、笑っちゃったよ。

だってその後輩、りょうこ先輩とほぼ同身長だったからさ。

しかも先輩と同じポジションだったし……なんか先輩に向かって言ってるみたいに感じちゃった。


でも、胸を張って言えたよ。

りょうこ先輩みたいに、先輩らしく。


これが言えたのも、絶対にりょうこ先輩のおかげだって、今でも思ってるよ。


ただね、りょうこ先輩。

りょうこ先輩たちのかたき、討てなかったんだよね。

それだけが、りょうこ先輩の後輩としての心残り……。


ゴメンなさい。



こうして今度は私が、引退を迎えることとなった。

やっぱり、涙は止まらなかった。呼吸もままならないほど、喘息気味に泣き崩れた。


だけど、私は楽しく終われた。


思えば、ポジションはファーストだったのに、


振り返れば、攻撃はバントやスラップばかりだったのに。


自分の結果よりも、同じ部の仲間たちと試合できたことが、何よりも嬉しかったんだ。

目指していた全国大会には行けなくて悔しかったけど、私はどこか満足しながら夏を終えることができたんだ。



あれから数年が経った今。

まだ私の記憶には、りょうこ先輩の言葉、この通りしっかり覚えてるよ。


一生大切にしたい、宝物みたいな一言だからさ。


 ねぇ、りょうこ先輩。

まだ言えてないけど、ありがとうございました。


敬語もろくに使えない幼稚な私を、こうやって先輩らしく育ててくれたのは、りょうこ先輩以外誰も思い当たらないんだ。


ホントに、感謝してる。


でも先輩のせいで、私泣き虫になっちゃったんだ~。

ドラマとかアニメの部活物観ると、いっつもりょうこ先輩の言葉がフラッシュバックしちゃってさ~。冒頭部分から泣いちゃうとか、どんだけ乙女だよって感じ……。


それでも、心から感謝してる。



――ありがと、りょうこ先輩。



貴女あなたの存在は私の中で、大きなpieceピースになってますよ。

間違いなく、ね。 


私と違って、就職したりょうこ先輩。

いつも忙しくてたいへんだよねぇ。

御苦労様っす。


いつか暇なときがあったら、また飲みにでも誘ってほしいな~。そのとき酔った勢いで、感謝を伝えられればいいかなって思ってる。

素面しらふで感謝を示すとか、恥ずかしくて無理だからさ。


だから、また会おうね。


私はアルバイトだけど、一生懸命頑張って生きるから!



あとね、りょうこ先輩。


最後に、これだけ言っとくね。



やっぱ先輩は、

 

ハイヒールなんて履かない方が、

 

妖精ちゃんみたいで可愛いよ(笑)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実話ありがとシリーズ① ピース∨ ありがと、りょうこ先輩。 田村優覬 @you-key

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ