第3話 二之章
「では、偶然ではないということかな、緋衣殿」
「我等、式神使いの家の者が狙われるなど……まさかとは思うが」
半信半疑の口調で発した言葉の主は、忠持の傍らにいる
……おんなじ式神使いの家でも、桔梗林家とはここまで違うものか。
縁側の下で地べたに片膝を付いている
桔梗林家で地べたに這いつくばった経験は、些細なことから藤香を本気で怒らせた関係で、土下座して謝ったのが一、二回ほどあるぐらい。
緋衣家は式神使いの家々とも家格に差はない以上、一般常識的には目下の者の礼をとる必要は全くないのだが、それを要求するということはつまるところ、気位が並の貴族階級よりも相当高いのであろう。
お前ら何様だと言ってやりたいが、些細なことにこだわって面倒を起こすのもつまらないので、言われたとおり、おとなしく地べたに片膝をついているわけである。
ちなみに藍璃とは別行動。「よく藤香様と行っていたから」というので、蘇芳山家の方へと行ってもらっている。
「璃寛原、桔梗林の両家の者、それも家督を継ぐかそれに準ずる者達が何者かに襲われたのです。
いずれも命に別状はないものの、昏睡状態にさせられ目を覚まさない症状は同じ。御供に式神がいたにもかかわらず撃退できなかったことから、相当な手練れの者の仕業でございましょう。
追捕使も都の見廻りを多くするなど、策は講じまするが……楊梅院様と紫苑寺様におかれましても、くれぐれもご油断召されぬよう、お願い申し上げまする」
今回の件についても、「あー、構わん構わん。皆それぞれ思うところの通りに探ってみるがよい」の訓示だけである。よほど信頼されてるのか、はたまた本気で面倒くさがっているだけなのか。
ただ、
「油断も何も、早く下手人を捕まえよ。我等の手を煩わせるなどもってのほかぞ」
忠持は、追捕使の長官に負けず劣らず面倒くさそうに
「……緋衣殿のご注進、うけたまわった。我等にすぐできることはなさそうだが、日頃心に留めておくことにしよう。それでよろしいかな?」
したり顔をした公形の返答は、それっぽく聞こえるが、要は「これで用件が済んだのならさっさと帰れ」という意味であることは、雰囲気で伝わってくる。
とはいえ、心構えをする以外に、すぐに打てる手はあるかと問い詰められれば、公形の言う通りほとんどないのも事実であろう。
「では、私はこれにて失礼いたしますが、くれぐれも御用心下さいますよう、重ねてお願い申し上げまする」
下げたくもない頭を下げて、足早に楊梅院家の門扉をくぐり、
「いつ来ても大きいなあ……」
藍璃は、薄い飴色に染まった樫の木の門扉を見上げてから、周囲をぐるりと見渡す。
桔梗林家の門扉より造りが新しく、大きさはふた回りも大きい。土塀に覆われた屋敷の広さは、桔梗林家よりもやや手狭な感があるから、余計に門扉が目立つ。
式神使い五家は、家格に上下はないことになっているのだが、それはあくまで建前上の話。
蘇芳山家はなぜか、他の四家よりも明らかに一段低く扱われるのが常、とされており、付き合いを避ける式神使いの家もあるほどだった。
もっとも、藤香はそんなことを気にするはずもなく、よく藍璃を引き連れて遊びに来ていたので、藍璃にとって蘇芳山家の屋敷もそれなりに見慣れた光景のはずなのだが。
今日は、心なしか大きく見えるのは気のせいだろうか?
「まあ、藍璃ちゃんじゃないのっ」
いささか戸惑っていた藍璃の後ろから、やや高い女性の声がした。
「あ、どうもこんにちは」
振り返った藍璃が目にした女性は、年のころからして藤香の母親と同じぐらい。上等な衣装を着てないと、その辺にいる元気な平民のおばちゃんと見分けが付かない雰囲気も、また藤香の母親とそっくりな、蘇芳山家の正室様。
「今日はおひとりかしら?
「えっ……は、はあ、ありがとうございます」
蘇芳山家の正室は、小走りで藍璃の背中を両手で押すようにして、藍璃を家の中にさっさと入れてしまうと、隣家にも聞こえそうなほどよく通った声で、家中の女使用人を呼びつける。
一言二言、使用人と小声で何か話したかと思うと、自分は家の奥へと小走りに入っていってしまった。動きにくそうな衣装なのに、その飛び跳ねるように軽快な動きと足の速さは、歳を全く感じさせない。
「ささ、お方様がすぐに
こちらも愛想がいい中年女性の使用人に案内され、藍璃は廊下をひとつ右に曲がったところにある客間へ通されると、既に一人の女性が正座して待っていた。
歳は藤香と同じだが、やや小柄で楚々とした所作は、年齢以上に大人びた雰囲気を感じさせる。真っ直ぐ腰の上まで伸びた黒髪といい、本当の貴族の淑女とはまさに
藍璃から事情を聞いた
「しかし遅かれ早かれ、蘇芳山家の者も狙われることに、疑いはないわけね」
重苦しい沈黙を破り、ゆっくりと顔を上げた
「これは一刻を争いますが、蘇芳山家だけでどうにかできる問題ではありません。他の二家とも協力しないと……兄様達は出仕していて留守ですので、私が参りましょう」
「え? 参るってどちらへ」
「とりあえず、楊梅院様のお屋敷には
「……我の声に応えて出でよ、木の吉将にして平穏の賢者、
光の帯が集まって人型の形を成すと、烏帽子に青藤色の狩衣をまとった、二十歳過ぎぐらいの長身で細身の男性の姿となって具現化した。
「御用でしょうか、
「これから、そこの永翔雲藍璃さんとともに、紫苑寺様のお屋敷へと向かいます。お供なさい」
「かしこまりました」
「よろしくお願いしますよ、金の吉将・永翔雲藍璃殿」
萌葱色の上等な生地の小袖袴に着替えた千歳は、二人の式神を従えて、多くも少なくもない人通りの道を歩いていく。
昼の賑わいも終わりに近づき、徐々に大通りの人波も収まりつつあった。
「むぅ。今日は帰っちゃったわね……」
通りの右側をチラりと見た千歳は、一瞬口をへの字にする。
「どうかなさったんですか、千歳様?」
藍璃は、自分の右側を並んで歩く千歳に問いかける。
「千歳様は、あの通りにいつも出ている屋台の鬼饅頭が大好物なのです」
藍璃の疑問に、間髪入れず即答したのは月白だった。
「私も何度か頂いたことがありますが、いや実に美味で」
「月白」
前を向いたまま、千歳は小さく冷たい声を放つ。
「これはこれは、私としたことがおしゃべりが過ぎました」
あわてて長烏帽子に右手を当てる月白。
……あのおいしい鬼饅頭、そこの屋台で買ってたのね。
千歳が桔梗林家に遊びに来る際、たまに持ってきていた鬼饅頭の正体を藍璃は初めて知った。藤香は千歳に売っている場所を聞こうとしては、なかなか教えてくれないと毎回ぶんむくれていたが、さすがに貴族の娘が屋台で鬼饅頭を買っているとは言いにくかったのだろう。
もっとも藤香なら、出仕用の十二単姿でも大股走りで買いに行きそうな気もしたが、そんな婿の来手がなくなりそうな主の行動の想像図は、とりあえず心の中にしまっておくことにする藍璃であった。
「さ、そこの角を左へ曲がれば、あと少しですから」
まだ少し不機嫌なのか、ぶっきらぼうに角を指差す千歳。
大通りを左へ曲がると、寺院の高く分厚い土塀が両側にあり、実際以上に狭い錯覚に陥る道が一直線。大通りの喧騒も分厚い土塀に音が吸収されるためか、一気に遠いものとなる。
夕餉のころになると、人ごみを避けて大通りに出られる生活道だけあり、まばらとはいえ人通りも絶えないが、この刻限では歩く人の姿もない。少し先にある土塀の左隅に、小さな筵の上に長頸瓶を置き、頭からすっぽりと黒布を被って正座している、物乞い風の人間がひとりいる程度。
「……?」
藍璃がその光景に違和感を覚えた刹那。
物乞い風の人間は、被った黒布を跳ね上げるようにして立ち上がる!
何か言葉を発する間もあればこそ。
藍璃はとっさに右側にいた千歳と月白を、押し倒すようにして横へと思いっきり飛ぶ。
自分の立っていた場所を通った、強烈な風の塊の気配を背中で感じながら、藍璃は千歳と月白を巻き込むようにして地面へと倒れる。
「きゃっ!」
「うわっ」
驚いたような声を上げて、尻餅をつく千歳と月白。
「不意をついたつもりだったけど……よくよけたものね」
低い女性のような声の主、物乞い風の人間を一斉に見やる三人。
上下とも黒鳶色の小袖袴をまとい、顔には神楽で使われる姫面をつけている。
「あんたは……!?」
立ち上がりながら、憎悪を込めた声を発する藍璃。しかし、前に藤香と自分を襲った黒い鬼面の男とは、面と雰囲気が違うのにすぐ気づく。
「あんたの狙いは千歳様ね」
千歳と月白もすぐ立ち上がり、衣装についた土埃を払いながら姫面の女と対峙する。
「しかし、私は蘇芳山家の長女ではあっても、世継ぎではありませんよ?」
千歳の誰何にも、しかし姫面の女は動じる様子はない。
「凡庸な貴女の兄より、貴女にこそ強く美しい魂の力を感じるわ……さあ、その魂をよこしなさい!」
姫面の女は澱みなく答えると、御札を三枚左手より取り出して、空中に放り投げると同時に右手を上に伸ばす。
右手で千歳達のほうを指差すと、宙にあった御札は 御札は炎に包まれ、間髪入れず炎の弾となって三人めがけ襲いかかる!
しかし真っ直ぐに襲いかかる炎の弾は、幸いにもそれほど速くはなかった。三人は避けようと体を横に捻る。
ごうんっ!
「ぐっ」
「うわっ」
「きゃあっ」
しかし、ちょうど避けようかという瞬間、炎の弾は勢いよく爆発。地面から土煙を巻き上げるほどの爆風に吹き飛ばされ、千歳と月白は左、藍璃は右の土塀に、それぞれ背中から叩きつけられてしまった。
「フン……人間や並みの式神が使う、単調な符術と一緒にされては困るわね」
姫面の女は余裕の声を上げると、千歳の方へと向かって歩を進めようとする。
「……言葉を返すようですが、並みの式神と一緒にされてもらっては困りますね」
「なにっ……」
姫面の女が数歩前に出たところで、落ち着いた声を上げながら、ゆっくりと立ち上がったのは月白。
そして、人差し指と中指を立てて右手を頭上にかざすと、切り払うような勢いで下へと振り下ろす!
「……ッ!?」
見上げて姫面の女が見たものは、宙をふわりと舞っている、縦長の鳥のような形に折られた御札。
折り紙のように折られた御札は、宙で四散したように砕けると、一陣の風の塊を生み出した!
慌てて後ろに軽く退がろうとする姫面の女。
しかし、一陣の風の塊は姫面の女の頭上……さらにその後ろを掠め過ぎる。
「しまっ……!」
姫面の女が、その意図を汲みとったときには既に遅く。
ガシャン!
風の塊によって、甲高い音を立てて砕かれたのは、小さな筵の上にある長頸瓶。
「……これで、千歳様をどうすることもできまい」
月白は、勝ち誇ったというよりも安堵の混じった声を上げた。
土煙を立てる爆風で吹き飛ばされながらも、少しの間だけ滑空するよう折ってあった御札を、月白はとっさに空中へ飛ばしていたのである。
「本来の符術・
しかし、符術を得手とする高位式神ならば、このような芸当もできよう」
姫面の女の足元には、地面に小さく光る縫い針が突き刺さっている。刃の代わりに縫い針を御札に刺し、空中で符術・
「この場は私に不利なようね……」
そう言い残すと、後ろに大きく跳躍しながら姿を消そうとする姫面の女。一瞬追おうとした月白だったが、その一瞬のうちに姫面の女の姿は、いずこかへと消えてしまった。
「助かりました、月白さん」
ようやく立ち上がった藍璃は、月白に向かって軽く一礼。
「いえ、藍璃殿も大事なさそうで何より」
「う……」
呻いて後頭部を押さえ、足元がややおぼつかないながら、千歳も何とか立ち上がる。
「千歳様、お怪我はございませんか!?」
いつもの落ち着いた様子はどこへやら、千歳の様子に慌てる月白。
「まだ少し頭がくらくらするけど、他は何ともないわ……それより」
千歳は小さな筵の上に散らばっている、灰色の残骸の方へと視線を向けた。
「あれが、藍璃さんの言っていた長頸瓶かしら」
「そのようです……確信はありませんでしたが、あの長頸瓶には言い様もない違和感がありましたので、もしやと思い」
千歳の疑問に答える月白。正直、
「炎の弾を生む符術・
あの姫面の神楽面をつけた女、とても並みの人間の手に負える相手ではないでしょう」
月白は淡々と語りながら、筵のほうへと歩み寄って長頸瓶の残骸を拾い集める。
「とにかく、この道を通ることが知れている以上、このまま進んでもまた別のところで待ち伏せされている可能性もあります。
別の近道がありますので、そちらの方から回りましょう」
長頸瓶の残骸を拾い集め、懐紙にひとつひとつ包み終えると、三人は再び大通りに出た。
「さて……出てきたようだな」
賑わう刻限はとうに過ぎ、日が頂点からやや傾いてきた頃。
楊梅院家の門扉からやや離れた場所にいた、珍しい石を売る行商を冷やかしていた紫道は、古い木材の擦れる音を立てて、しばらく前に自分が出てきた門扉が開くのを見逃さなかった。
出てきたのは、やや上等な衣装を着た男が二人。片方は、衣装から紫苑寺公形に違いないが、もう片方は見覚えがない。供の従者か、あるいは式神か。
紫道は、行商に適当なことを言って話を切る。石といえば幼少の頃、都の外まで二人で探検した際に拾った翡翠の原石を、藤香はどこへやったのか、紫道はふと気になった。初めて身につける硬玉に喜んでたくせに、ここ数年身につけてる様子がない。
……目が覚めたら、締め上げてでも聞いてやろう。
しかし、余所事を考えていたのはほんの一瞬。紫道はお決まりの行動を開始した。
「気配を消して、適当な距離を取って尾ければ、相手が式神でもそうそうは、な……」
紫道は、まばらな人の流れの中に紛れ、公形達を尾行する。
なるべく通行人の影、向こうが振り向いても死角になりそうな位置へと、さりげなく動きながら。
公形達が振り向く気配はない。しかし通りを幾つか曲がり、通行人がいない通りへと入っていく。もっとも紫道の調べだと、方向的には紫苑寺家に最短距離で向かっている。紫道に気づいて誘い出しているわけではなく、いわゆる近道というやつなのだろう。
これで、気づかれずに尾行するのが難しくなったことは確か。仕方なく紫道は、公形達が角を曲がったのを見計らってから移動、さらに距離を取る。
三回目ぐらいだろうか。角を右に曲がったのを見て、紫道が早足で移動するが、通りの半分を行ったところで、急に紫道は立ち止まる。
「ほう……気配を察するとは、人間の割には鋭いな」
「じゃあ、お前は人間じゃないってか」
背後からした黒い声に応え、紫道が振り向く。
山を5つほど制覇してきた修験者、というのが似合うような格好。裾が破れた灰色の修験衣の上に、こちらも使い込んだ感がある、漆黒の貫頭衣風の布を蓑のようにまとっている。
しかし、結びもしない総髪に翁の神楽面を被り金剛杖を右手に持った、その姿から噴き出す気配は、研ぎ澄まされた刀のように鋭く、紫道に向かって一点に絞られている。
「用事は俺の方でいいのかい? そこの角を曲がった優男じゃなくて」
ゆっくり左足を引いて半身になる紫道。地面が草鞋と擦れてジャリッ、と音を立てる。
「ネズミ退治が私の趣味でしてな」
翁面の男は微動だにしない。その声には余裕と自信。
「妖しい出で立ちで都を徘徊されると迷惑である……追捕使の緋衣紫道が、
捕縛の時に言う紋切り型の台詞が、とても通用する相手ではなさそうだが、紫道の狙いは別にある。
「我は
声とともに、
ギィン!
抜きはなった紫道の腰の太刀と、金剛杖に仕込まれた細い直刀が鋼鉄のぶつかる音を立てる。
「我の風の剣に反応するとは……人間にしては離れ業といってよいな」
「10間もあった距離を瞬きする間もなく詰めるとは……
鍔迫り合いを押し返す紫道。
「そうか、我に名乗らせるために挑発して自らも名乗ったか。まあ、いい。所詮は冥土の土産だ」
「冥土の土産か、それは失念していた。残念ながら、急な話で俺からは貴様に何も用意できぬが」
「ほざけ!」
「二度も同じ動きが」
口の中で軽く言いつつ、紫道はぐっと身を屈めると、腕立て伏せのような姿勢となって両手を地面つきつつ、腕を巧く使って伸ばした両脚を横から大きく振る。
どっ!
「なぬっ!?」
天幻は視界から紫道が消えたと思った瞬間、脚をしたたかに払われ、前につんのめるが、肩を丸めてうまく前転し受身を取る。
「足下に留守番がいなかったようだな」
紫道の声に、素早く立ち上がり直刀を構える
再び、鋼鉄の悲鳴が通りにこだまする。
「……っ!?」
敵の剣ごと叩き折るつもりで打ち下ろした渾身の一撃は、しかし易々と受け止められた。仕込み杖の細い直刀にしては、思ったよりずっと強度が高い。
「三千世界の底さえも切り裂く、といわしめる蜻蛉の構えからの一撃、非の打ち所のない太刀筋だ。
その歳で剣の流派ひとつを極めるとは大したものだが……しかし」
その鼻先を、剃刀が通ったような鋭い風圧がかすめていった。
「所詮、人間が編み出した剣技ではその程度よ」
御札は炎に包まれたかと思うと、一瞬空中で静止し、炎の弾となって紫道へ一直線に向かってくる!
「舐めるなよ!」
紫道は声とともに、炎の弾を身軽にかわし、よけきれないと判断した一発に向かい、太刀を下から上へと振り上げて切り払う。
ぼしゅっ。
切り払われた炎の弾は、空中で四散、霧消する。
「むっ……符術の炎を刀で切り払うなど……!?」
天幻は動揺の声を上げる。符術の炎を、普通の太刀で切り払っても無駄なことは紫道も知っている。
「こいつは、追捕使の長官から下賜されたちょっとした銘刀に、符術好きな自称俺の嫁がちょっとした細工を施したシロモノだ。そんじょそこらの太刀とはひと味違うぜ」
紫道が油断なく八相に構える、さほど反りが深くない太刀の刀身には、びっしりと真言が書き込まれ、鍔にも真言と魔を祓う五芒星が彫り込まれている。
「邪気を払う退魔の真言を入れた太刀か。面白い仕掛けだが……!?」
天幻の言葉を遮らせたのは紫道ではなく、通りの奥から紫道の頭上を越えて飛来する二つの炎の弾!
「ちっ!」
再び左手に、今度は御札を二枚取り出すと、慌てて空中に放り投げる。
生まれた炎の弾は、天幻に向かってくる炎の弾を迎撃、空中で炎の華が咲いた。
「紫道様!」
通りの奥から駆けてくるのは、藍璃と見慣れぬ男女一組。
「……どうやら我の不利のようだ。ここは退かせてもらうが、この決着は必ず」
天幻は悔しさを隠しもせず言い放つと、風のような速さで駆けてゆく。とても人の足では追いつけない。
「紫道様、ご無事でしたか」
「……ああ、おかげで助かった藍璃。ところで、そちらは?」
見慣れぬ男女一組を目で指すと、萌葱色の上等な生地の小袖袴をまとった少女の方が一礼する。
「蘇芳山家の長女、蘇芳山千歳と申します」
青藤色の狩衣をまとった、二十歳過ぎぐらいの男性の方も続けて一礼。
「千歳様にお仕えする式神、木の吉将青龍の春樹堂月白と申します。
金の吉将の永翔雲藍璃殿から、事情は聞き及びました」
見た目以上に穏やかな様子は、紫道にはまるで学者のように見えた。
「紫苑寺様のお屋敷へ向かう、って千歳様が言うから向かっていたんだけど、途中で……」
「現れたのか!? 藍璃が見たという黒い鬼面の男が!?」
紫道は藍璃の両肩をつかんで問いかける。
「ううん、あいつとは別口……月白さんのおかげで、何とか切り抜けたんだけど」
藍璃の話を引き取るように、千歳が一歩進み出る。
「割ってしまったのですが……藤香にくわえさせたという長頸瓶は、これではないかと」
千歳は懐から、須恵器の破片を取りだして紫道に見せる。首の部分は粉砕してしまったようだが、胴の部分らしき文字が書かれた部位は、それなりに大きな破片となって残っていた。
「とりあえず、この須恵器の出所を調べれば、何か判ってくるでしょう」
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