第29走 お姉ちゃんと《脳髄の鬼憑き》

 そしてはやは、さちを押し倒す形で片膝を突いた。


 荒い息をつきながら、右義足で貫いた幸の顔を見下ろす。幸は左眼に千隼の義足を生やしたまま、無事な右眼を大きく見開いて絶命していた。

 とはいえ、深山幸は《鬼憑き》である。

 今は死んでいるかもしれないが、しばらくすれば復活してしまうのだろう。


 千隼は最後にせめてもの時間稼ぎにと、義足のシャフトを思いっきり押し込んで頭の下の腐葉土にまで突き刺す。それから義足接合部の金具を外して背後へと倒れ込んだ。

 落ち葉の上へ大の字に横たわり、豊かな胸を忙しなく上下させる。身体中が酸素を求めあえいでいた。下着以外脱ぎ捨てたことで、熱を持った肌から落ち葉が直接熱を奪っていく感覚が気持ち良い。千隼は数秒だけ、自分にぜいたくを許す。それから身体を無理矢理起こし、千隼は幸の死体からあと退ずさるように離れた。

 復活するのにどれだけゆうがあるかは判らない。

 下手をすれば、私は復活した幸に喰われてしまうだろう。

 だが、飛鳥あすかが逃げる時間は稼げたはずだ。


「お姉、」


 弾かれたように振り返る。


「やっつけた、の――?」


 飛鳥がそこにいた。

 木の陰に身体を半分隠したまま、飛鳥は千隼へ問いかける。千隼は唖然としたまま「一時的に、だけどな」と答え、すぐに頭を抱えた。


「飛鳥。どうして戻ってきたんだ」

「……戻ってないよ。五分して斜面を下ってきたら、ここに来ただけ」


 言われて、千隼は斜面の上を見やる。確かに幸から逃げる際、ひたすら斜面を滑り落ちてきたから飛鳥の言うことも嘘ではあるまい。だが、千隼と飛鳥が別れたのはもっと東寄りの斜面だ。意図的にでなければへは辿り着けない。恐らく、大声で千隼へ語りかける深山幸の声を辿ってここに来たのだろう。

 千隼の仏頂面から何かを察したのか、飛鳥は言い訳するように、


「て――てか、お姉その足でどうやって山を下りるつもりだったの? 服も着ないで、さ」

「まあ、それは――」


 そもそも幸に勝てるかどうかは判らなかったから考えていなかった。

 時間さえ稼げればそれで良かったのだ。

 そう答えるわけにもいかず千隼は、


「私は、お姉ちゃんだからな」

「またそれ?」


 今ばかりは、飛鳥も苦笑を返してくれるのがありがたかった。

 飛鳥は千隼へ歩み寄り、「ほらお姉、つかまって」と言って肩を貸してくれる。千隼はその厚意に甘えることにした。実際のところ、片足でこの山を下りるのは非常に困難だ。転げ落ちるのとほとんど変わらない。出血する身体でそれは、正直厳しい。

 飛鳥は「よっ」と軽やかなかけ声と共に千隼を抱き起こし、左肩を貸して立たせた。そして体勢を安定させる為に身体を密着させる。と、千隼の右頬に熱を感じた。視線だけ右側へ向けるとすぐそばに飛鳥の横顔。加えて千隼のこうをくすぐる飛鳥の髪の匂い。

 ――義足を捨てた甲斐があったな、と千隼は内心喜びつつ歩を進める。

 だが、自身の欲望を満たすだけではいけない。千隼は前を見たまま口を開く。


「飛鳥、山を下りたら話がある」

「……あたしが、《鬼憑き》だってことで?」

「ああ」

「お姉、あたし警察に行くよ。もう誰も殺したくない」


 そう言う飛鳥の横顔は苦しそうだった。

 とても覚悟を決めた人間の顔ではない。『本当は嫌だけど、それ以外に選択肢がないから、そうする』――そういう顔だった。本当は怖くて怖くて仕方ないくせに、それを千隼に悟られないよう押し殺している。千隼がそれに気づけば、警察から飛鳥を庇おうとするから。


 そして千隼は再確認する。

 ああ、だから私は飛鳥のことが大好きなんだ。


 例えば、飛鳥が深山幸のように自分が生きる為に誰かを殺しても、千隼は全く責めるつもりなどない。むしろ、飛鳥がそう望むなら進んで手助けをする。そして実際そうする者がいるからこそ《鬼憑き》は社会問題となっているのだし、《SCT》なんて特殊部隊が必要になっているのだ。

 だが飛鳥は決して、誰かを殺してまで生き残る道を選ばない。

 私には無いものを、飛鳥は持っているのだ。


「なあ、飛鳥」

「なに?」

「私は言ったはずだろ? 飛鳥はこれまでも、これからも人殺しにしないって」

「言ってたけど、それは――」

「あれは飛鳥を落ち着かせる方便でもなんでもない。今日まで飛鳥が人を殺していない事は私がよく知ってる。それに、」


 話すかどうか迷う。変に期待させるのは良くないのではないか。

 だが、千隼はあえて口にする事にした。千隼自身の決意も込めて。


「まだ確証はない。が、鬼無里と同じような『人を喰わない《鬼憑き》』に飛鳥はなれるはずなんだ。私が、必ず――」


「まったく、大した姉妹愛よね。素晴らしいと思うわ」


 優しく包み込むような、柔らかい声。


 早すぎる。

 そう思いながら、千隼は背後を振り返った。

 そこには当然のように、眼鏡をかけた《鬼憑き》が立っている。


「飛鳥ちゃんも素直じゃないわね。わざわざ此処まで来るなんて、本当はお姉ちゃんのこと大好きなんじゃない」


 義足はまだ左眼に突き刺さったままだ。なのに、深山幸は笑顔を浮かべて立っている。長い髪に絡みついた落ち葉を払ってから、《左腕の鬼肢》で頭に突き刺さった義足を引き抜く。次の瞬間には、直径五センチの空洞など最初から無かったかのように再生を終えていた。

 唯一の名残は、片方のレンズが割れた眼鏡だけ。


「ごめんね、頭を潰されるのは初めてじゃなくてさ」


 千隼の驚きを察したのだろう。

 幸は《鬼肢》で義足を握り潰しながら笑う。


「《背骨の鬼憑き》とか《歯の鬼憑き》とかと、った時にね。だから再生させるのは得意なの」


 つまりそれが、深山幸にとっての保険であり切り札だったのだろう。


 必要以上に大声で千隼へ話しかけていたのは、その声を聞いた飛鳥が近づいて来ると期待しての事。そうすれば万が一、千隼に返り討ちにされたとしても即座に再生し、声に釣られてやって来た飛鳥を喰らうことができる。幸は本気で千隼を捕まえようとする一方で、最終目的も忘れてはいなかったのだ。

 生きる為なら、手段を問わず、あらゆる可能性を考慮して準備する。自分自身の油断すらも計算のうち。あらゆる可能性とはそういう事。

 それは、目的は違えど千隼と同じ行動原理だった。


 対して、千隼はもう手を打ち尽くしている。一人では立つ事も難しいのだ。どれだけ考えても、ここで飛鳥を逃がす手段が思い浮かばない。諦めるつもりはないが、絶望的である事も理解していた。

 それを判っているのだろう。幸の声には余裕があった。

 ゆっくりと千隼と飛鳥へ歩み寄りながら、語りかける。


「千隼ちゃん、飛鳥ちゃんに食べられるつもりなんでしょう?」

「え、」


 幸の言葉に反応したのは飛鳥だった。

 千隼は慌てて「飛鳥、耳を貸すな」と叫ぶが、飛鳥の耳には届かない。

 飛鳥は幸を見つめ、


「どういうこと……ですか」

「ああ、千隼ちゃんまだ話してないのね。『人を喰わない《鬼憑き》』がどうのって聞こえたから、もう話したのかなって思ってた」


 幸は、いけないいけない、とおどけたように口を押さえる。


「いい、飛鳥ちゃん? 『人を喰わない《鬼憑き》』になるには――」

 と、

 そこで幸は唐突に《鬼肢》を額の前に掲げた。

 突然目の前に飛んできた物を、掴み取るような動き。

 遅れて、乾いた破裂音のようなものが森に木霊する。

 それは銃声のように聞こえた。

 幸は眉をひそめて、掴み取った何かを指先で掲げる。先端が潰れた小さな鉄の塊。


「50口径――? まさか、」


 言い終える前に幸の左側頭部が弾けた。

 ぐらりと幸の身体が傾ぐ。が、銃弾はかすっただけのようだ。幸はすんでの所で踏み止まり《鬼肢》を掲げて巨大な傘状に変化させる。三発目の銃弾は《鬼肢》の傘に弾かれ幸には届かなかった。

 だが、幸は狙撃を警戒して足を止めた。

 やがて千隼にとっての保険が――切り札が迫る音が、三人の耳に届く。

 ヘリコプターのローター音。


「《SCT》――ッ」


 間に合った。千隼は僅かに口角を上げた。

 幸が保険をかけていたように、千隼も命綱を用意していた。

 これが、千隼が《研究病院》から幸の携帯電話を持ってきた理由。

 幸の携帯を持ち歩けば、勝手に《SCT》が居場所を特定してくれる。

 万が一、幸に追い詰められるような事態になったとしても、時間さえ稼げば《SCT》が来るはずだ、と。


「このぉッ!」


 幸は《鬼肢》を変形させ上空のヘリを攻撃しようとする。――が、途端に《鬼肢》の盾から僅かに覗いた幸の右腕が千切れ飛んだ。「いッ」慌てて幸は《鬼肢》の盾に身を隠す。銃弾は《鬼肢》を貫くことは出来なくても、それ以外の生身であれば破壊できる。50口径のライフルがどのような銃かは知らないが、あの威力では腹に当たれば身体が上下に千切れ飛ぶのではないだろうか。そうすれば、いくら《鬼憑き》と言えどもすぐさま治癒することはできないだろう。


 ヘリのローターが生み出す風が森の落ち葉を巻き上げる。落ち葉をまとうつむじ風が、千隼たちへ向かって一直線に近づいてきていた。全身に吹きつける風と落ち葉が、千隼の全身を叩いた。

 ――が、その千隼と飛鳥へ吹きつける風は頭上を通り過ぎてしまう。

 見れば、ヘリは一目散に千隼たちから離れていく。狙撃の音も止んでいた。

 

 何故。千隼は頭上を見上げる。

 ヘリが落としていったものだろうか。

 夕焼け空に、あかい点が見えた。

 それが千隼――いや、幸へと向けて一直線に落ちてくる。

 落ちてくるそれは人型をしていた。毎度面倒だろうに今日もえんいろに黒いかえでの葉の模様の振袖を纏っている。絹糸のような白く長い髪は風にあおられ、長い前髪の隙間から僅かに金色の瞳が覗いていた。額に生えた二本の六角ボルトが、夕日を反射してきらめく。


 もみじだ。


 狙撃が止んだのは、椛に弾が当たらないようにする為か。

 そのあかに、幸も気づく。

 狙撃が無いのなら、と幸は《鬼肢》を椛へ向けて撃ち出した。距離およそ五十メートルほど。人の背丈ほどに巨大化した《左腕の鬼肢》が椛へと迫る。


 が、《左腕の鬼肢》が椛を掴み上げる事は叶わない。 


 それどころか椛は、トン、と。

 軽やかに《鬼肢》へ降り立った。


 そのまま椛は伸びた《鬼肢》を伝って幸へと一直線に駆け下りる。「このぉっ! バカにして、」幸の怒りに呼応するように《鬼肢》が無数に裂ける。突然、足場が無くなった椛は宙へと投げ出された。

 幾本にも枝分かれした《鬼肢》が四方から椛を囲み、一気にその振袖を貫く。

 だが、貫いたのは振り袖だけだった。

 再び、トン、と――


「え、」


 幸の呆けたような声。

 その声は、幸の左肩に降り立った人物へ向けられている。

 その全身は、飛鳥と戦った時と同じように、黒い兜と皮膚に包まれていた。額に六角ボルトはなく、代わりに白い角が突き出ている。

 だが、あの時とは異なるのは右手に、隠し持っていたのであろうショットガンが握られていること。

 そして、その銃口が幸の額に突きつけられていること。


「下手くソ」

 

 若くしわがれた声でそう呟くと、椛は引き金をひいた。

 ショットガンから吐き出された散弾は、その全てが幸の頭部へ殺到し、上半分を跡形もなく吹き飛ばした。幸の首から上には呆けたままの口元だけが残される。

 そして椛は幸の身体を蹴って背後へ宙返り。ふわり、と地面に降り立った。僅かに遅れて、幸の身体が落ち葉を巻き上げながら崩れ落ちる。

 椛はそれを確認すると、首だけで背後にいる千隼と飛鳥へ振り返った。

 それがいけなかった。


「鬼無里ッ」


 前だ、と千隼が言う前に、椛の口の端から血がしたたり落ちた。

 その背中からは、赤く濡れた《左腕の鬼肢》が突き出ている。


「下手くそね」


 頭を吹き飛ばされたはずの幸の声が響く。

 ゆったりと立ち上がったその身体には、やはり頭の上半分がない。

 なのに《左腕の鬼肢》は、椛の腹から背中へと貫いている。

 深山幸は口だけになった頭で優しげな笑みを浮かべた。


「不便ね《脳髄の鬼肢》って。《鬼憑き》相手に武器が必要なんだもの」

「幸クン――そこマで、しんしテいたのカ」

「あら、わたし五年物の《鬼憑き》だもの、当然でしょ? 他の《鬼憑き》みたいに頭を失くしたくらいで動けなくなったりしないわ」


 笑いながら、幸は椛の腹に突き刺した《鬼肢》をぐるりと回す。堪らずもんを漏らした椛の声を楽しむように、幸は「イイ声ね」と呟く。


「室長が切り札にするくらいだから警戒してたけど……実際は大したことないのね椛ちゃん。《脳髄の鬼肢》――能力は差し詰め『思考の高速化』ってとこかしら。身体を《鬼肢》でおおっているのは思考速度に身体の動きを追いつかせる為? そんなもの、わたしは怖くもなんともない」


 伸ばしていた《左腕の鬼肢》を引き戻して、幸は椛を自身の前へ引き寄せる。


「だって、あなたの《鬼肢》じゃ、わたしの《鬼肢》を破壊できないんですもの」


 小馬鹿にする幸の言葉に、椛は答えない。

 その代わりに、自身を貫く《左腕の鬼肢》をガッチリと掴んで抑え込んだ。

 引き抜こうとするのではなく、抜けないよう固定するように。

 同時に千隼は気づく。

 椛の額には白いツノが二本、生えている。

 椛の額から生える六角ボルト。飛鳥と相対した時には一本しか抜かれていなかったソレが、今は二本とも抜かれている。


「それハどうカの」


 幸の下半分しかない顔から笑みが消えた。

 椛の言葉に異変を感じたのか、幸は《左腕の鬼肢》を引き抜こうとする。それを椛の両手が抑え込んだ。無論、《鬼肢》の力に人間の腕力で対抗する事などできない。椛の両手が《左腕の鬼肢》を抑え込めたのは、一秒にも満たない一瞬だったろう。

 それで充分だった。


 その時、椛の脇腹から幾本もの鎌が生えた。

 数は左右の脇から各十二本。計二十四本の巨大な鎌は、その全てが黒と黄色のまだらじままとっている。――《鬼肢》だ。

《鬼肢》の鎌はあぎとのごとく、左右から幸へと襲いかかる。

 逃げ切れないと見た幸は、椛の腹から引き抜いた《左腕の鬼肢》を無数の刃へと変じさせた。そして二十四本全ての鎌を受け止めてみせる。一瞬にしてそれだけの数の刃を作りだした事は、形状変化に秀でた《左腕の鬼肢》のめんもくやくじょといった所だろう。

 だが、


「……うそ」


《左腕の鬼肢》が作りだした刃は、《鬼肢》の大鎌を食い止められない。

 緩やかに、しかし確実に《鬼肢》の鎌は《鬼肢》の刃を切り進む。緩やかにわいきょくした鎌は幸の後方にまで伸びて、獲物を逃がしはしない。幸は既に籠の鳥だった。


「なんでよ……なんで、」


 幸の口が、思わずといったように言葉を紡ぐ。


「なんでわたしが殺されなきゃいけないのよ。わたしそんなに悪いことした? こんなの多かれ少なかれ誰だってしてるじゃない。生きるか死ぬかまで追い詰められたら、誰だって誰かを殺して自分が生き残るでしょ? それは普通のことでしょ?」

「そウだの」

「わたし、殺されるほど悪いことしてない」

「そノ通リだ」

「じゃあ、なんでわたしを殺すのよッ!?」


 幸の叫びに、椛は淡々と答える。


「安心しタまヘ、君ハぜんあくッテ殺されルわけではナイ。そノ方がわたしにとッて都合ガ良いカラ殺されルのだ。だかラ――存分に恨メ」

「わたしは生きたい」


 幸にとって、それが最期の言葉となった。

 トラバサミのように、左右から幸へ襲いかかる二十四の鎌。それらは易々と幸の肉体を横断し、二十五枚の肉塊へと切り分ける。

 崩れるダルマ落としの如く、幸の肉体は腐葉土の上に撒き散らされた。


「飛鳥、見るな」


 その凄惨な光景を見せまいと、千隼は飛鳥の顔を自らの手で覆う。

 しかし、むせかえるような血の臭いまではどうしようもない。それに耐えかねて飛鳥が「うっ、」と軽くえずくような声をあげた。千隼自身も込み上げる吐き気をむりやり飲み込む。正直、目を覆いたくなる光景だった。そして千隼は気づく。国立競技場で飛鳥と戦った時、椛はわざと飛鳥の蹴りを受け止めようとしていた。それはつまり飛鳥のことも同じように斬り刻むつもりだったのだ。千隼は改めて椛に恐怖を抱く。


 だが、椛のお陰で今度こそ幸は死んだはずだ。

 落ち葉の上に撒き散らされた肉塊に再生する様子はない。《左腕の鬼肢》も煙を上げるだけで修復には程遠い。深山幸は、少なくとも暫くの間は死んでいてくれるはずだ。


 そして、椛が振り返る。

 既に額には2本の六角ボルトが刺さり、《鬼肢》の皮膚も兜も――《鬼肢》の大鎌も椛のいずこかへ消えていた。

 椛は屈み込むと、足下に転がっていたショットガンを拾い上げる。

 そして、その銃口を千隼と飛鳥へと向けた。


「待て、鬼無里」


 千隼は椛を止めようと、手のひらをかざす。


「飛鳥は人を喰ってない」

「黙レ、千隼クン。そいツを放置すルわけにはいかナイ」


 千隼の訴えを、椛はすげなく退ける。

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。


「本当だ、証拠ならある」


 千隼は胸の間に挟んでいた飛鳥のスマートフォンを取り出し、クラウドサービスに接続。そこから千隼自身の画像フォルダを呼び出す。

 その画面を椛に見せつけるように、スマートフォンを突き出した。


「私はずっと飛鳥を見守ってきたんだ。下校ルートは毎日記録をつけてるし、メールも電話も盗聴して保存してある。ほら、これを見ろ。毎日撮り続けた寝顔の写真だ。他にも飛鳥が一度だけ、コンビニでエロ本を立ち読みした時の写真だってある」


 千隼の肩を支える飛鳥が「ちょ、お姉――まさかそこまで」と色めき立つ。

 それを、千隼はあえて無視した。

 本当は私だって、この秘蔵フォルダを他人に見せたくはない。飛鳥に知られれば、飛鳥が私をより一層嫌うであろうことも分かっている。

 だが私は、飛鳥に嫌われようとも、飛鳥を守らねばならない。

 そう自分を鼓舞し、千隼は訴え続けた。


「それに鬼無里も知ってるだろ? 私が寝る時は、飛鳥を抱きしめている。しかも裸でだ。飛鳥が抜け出せば。すぐに気づく」

「……黙レ」

「だから分かるんだ。飛鳥が人を喰う余地なんてなかった。――だから、」

「黙レぇっ!!」


 椛の叫び声が、森の中に木霊した。

 どこか悲痛さを伴った叫びに、千隼は思わず押し黙った。


「そレ以上、何モ言うナ。わたしに《かんなわ》ヲ解かせたいのカ」


 椛は額の六角ボルトに手をかけている。

 このまま激情に任せて《鉄輪》を解かれてしまっては、千隼には為す術がない。仕方なく、千隼は口を閉ざす。

 そして椛に呼応するように、再びヘリのローター音が近づいてきた。

 ふと、椛が安堵するようなため息を漏らした。自分でも感情に振り回されていたことに気づいていたのだろう。椛を止められる第三者が現れたことに、安心したのだ。


「水無瀬千隼――そしテ、水無瀬飛鳥」


 椛は《鉄輪》にかけていた手を下ろした。

 そして白い前髪の隙間から金色の瞳を覗かせて、宣言する。


「君たち姉妹ヲ――《鬼憑き》とシて逮捕すル」

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