episodeⅫ……吊し人

 アルカナの住む町に、とある青年がいつしか姿を現すようになった。その青年はいつも町のゴミ拾いをしていた。ゴミを持ち帰ったり誰かに頼まれたりしているわけでもなく、自ら進んで行っていた。


 しかしその青年の容姿は、きれい好きとはほど遠い、まさにみすぼらしい格好。髪はボサボサに伸び、上着は所々破れ、ズボンには穴、靴は左右で違うものを履き、全体的に煤で汚れていた。


 悲しいことに、彼そのものがゴミだと投げ捨てる住人もいた。


 その不思議な青年に近づこうとする者はほとんどいなかったのだが、ある時アルカナのほうから青年に近づいていった。


「ねえ、あなた。あなたはこの町に住んでいるの?」


 すると青年は悲しい顔をしてかぶりを振った。


「いええ、違いますよ」


「それじゃ、どこに住んでいるの?」


「僕には家が無いんです」


「なら、捜してあげるわ」


 唐突に瞑想を始めたアルカナに対して、とても困惑した表情になった青年は言った。


「そんな、僕にはアルカナさんに何かお礼できるものなんて無いのですよ。アルカナさんのお力は素晴らしいものと聞いております。こんな僕のためにお力を使われるのはやめてください」


 青年の言葉がまったく耳に届いていない様子のアルカナは「あったよ」と言い、それから続けた。


「あなたのお家まで案内してあげるわ」


 そう言うと、アルカナは青年の手を引いて歩き出した。


「本当にやめてください。アルカナさんまで僕みたいに冷たい目で見られてしまいます。それに、僕は家を無くしたわけじゃなくて、元々無かったのですから、捜しても見つかるはずがありませんって」


 その言葉には何も応えず、アルカナは淡々と歩を進める。そして、しばらく歩き続け二人がたどり着いた先はお城のある門扉の前だった。


「あなたの家はここでしょ。王子様」


 すると、先程まで背筋を曲げ腰を低くしていた青年が、服についた煤を払い髪を整え始めた。


「はあ、バレてしまってはしようがない。君は初めからわかっていたのかい?」


「ええ、お城に呼ばれた際、写真でお顔を拝見していましたもの。それに今回は女王様のお依頼ですので」


「やっぱりそうか。僕はどこに行こうとも、君と女王様がいる限り、常に足を吊されているようだな」


 少しばかり青年を気の毒に感じたアルカナはひとつ質問をした。


「どうしてあなたは町に出てゴミ拾いをしてたの?」


 すると青年は胸を張って言った。


「ゴミは元々誰かのものであり、持ち主のいなくなったものがゴミとなる。ゴミが溢れれば人々は困る。ゴミを拾うことで町を、ゴミ自体を救うことに繋がる。ゴミがゴミでなくなるってこと。一国の王子として当然のことさ」


「それじゃ、その格好は? 変装するにしたって、もっと他の変装があったんじゃないのかしら?」


「これは僕自身がゴミになりたかったんだ。ゴミの気持ちが知りたいっていうことに加えて、ゴミになることで自由を手に入れられる」


 青年はそのゴミのような服や靴を脱ぎ始めた。


「でも、本当はそんな僕みたいなゴミでも、拾ってくれる人がいるのか確かめたかったんだ」


 そして青年は去り際に言った。


「ありがとう。君にも後でお礼をするからね」

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