ホコリタケ(Lycoperdon perlatum)

ぼくは掃除が好きである。もちろん、お見合いの場で「ご趣味は?」と聞かれた際に「掃除です。」と答えるほどのものではないし、一日のうちに十時間も二十時間も掃除に時間を費やすほど極度の潔癖症でもない。ただ掃除をすることに抵抗はないし、好きか嫌いかと言われれば好きに軍配があがる。そして掃除をする頻度は比較的多い方であろうと思う。


では何が好きなのかと考えてみると、掃除自体をそれほど楽しんでいるわけではなく、自分の部屋が徐々に綺麗になってゆく様をみる気持ちのよさや、完璧に掃除を終えたあとのあの空気の澄んだ爽快感にちょっとした快楽を覚えることが、好きの由縁なのではないのかと思うのである。例えば、いくら必死で掃除をしても、床に溜まったホコリが一向になくならなかったり、あるいはなくなるどころか増殖していくような部屋があるとして、そんな部屋を掃除しなければならない羽目になったら、掃除なんてまったく好きにはなれないであろう。


ただふと思うのは、ホコリというものは、掃除をした瞬間にはまったくなくなったかのように思えるのだが、次の日にはもう部屋中がホコリにまみれている。あのホコリは、いったいどこからやってくるのであろうかと不思議で仕方がない。ホコリとは何者なのか。


というわけで、今回は「ホコリタケ」の話である。


ハラタケ科ホコリタケ属のきのこで、学名を「Lycoperdon perlatum」、漢字で書くと「埃茸」である。また別名として「キツネノチャブクロ(狐茶袋)」とも呼ばれる。一見すると饅頭のような形に見えるこのきのこであるが、その下には柄のような無性基部を有している。比較的大型のものになるとその無性基部もはっきりと姿を現していることが多いように思う。


老菌になると熟成して頂部に孔が開く。グレバは内部で分解されて粉状胞子塊となり、この頂部の孔から胞子を煙のようにボフボフと吐き出すのである。この状態のホコリタケを見つけた際には、ぜひ指でその体を押してみて欲しい。ボフボフと音を立てながら周囲が煙るほど胞子を吐き出すことうけ合いである。


そしてこのホコリタケ、幼菌から成菌の若い頃、表面がまだ白いうちであれば食用にも出来るのである。ぼくはまだ食べたことはないのであるが、触感としてはじつにマシュマロのそれであったゆえ、吸い物や煮物などにも適しているのではないかと憶測する。ちなみに表皮は硬いため、表皮を剥いた内部だけを食用とする。ある文献には、「湯葉と一緒に煮含めてもよい!」と書かれているが、わざわざ湯葉を合わせる必要はないと感じる。湯葉は湯葉で食べればよいであろう。また別の食べ方としては、表皮を剥いだ中身を串に刺して焼いてもなかなかイケるということである。そちらのほうがあるいは煮るよりも風味が楽しめてよいかもしれぬ。


さて部屋に溜まるホコリの話であるが、ホコリタケのボフボフのことを書いていてふと思ったのである。あれはもしかしたら、空気中に人間の目には見えないホコリタケのようなものが存在していて、決められた一定量のホコリをボフボフと吐き出しているのではないだろうか。ではその存在とはいったいなんなのかということになる。


人々の掃除の回数が増えると好都合なのは、一番は掃除機を製造している電機メーカーであると仮定する。掃除機は永久的に使えるというものではなく、使用頻度が多ければ多いほど劣化してゆくため、買い換えないといけなくなる。ということは、家庭内のホコリが一度の掃除で皆無に近い状態になってしまい、その後も自然現象としてのホコリの増殖が大幅に見込まれなければ、掃除機を使う頻度が減り、掃除機が一生ものの商品になってしまう。それでは掃除機を看板商品にしている電機メーカーは商売上がったりであろう。


そこで某大手電機メーカーは考えたのである。各家庭内に高性能のホコリ発生ロボットを送り込み、家庭内のホコリをある一定量に保つことで、掃除機の売れ行きを維持する計画を。そのマシンが目には見えないのは、多くの庶民には知らされていない先端の技術が使われているからであろう、光学迷彩やらなんやら。なんと恐ろしい計画であろうか、「掃除がわりと好き!」などと呑気なことを言っている場合ではなくなってきた。その不正が暴かれないかぎり人類が掃除機を手放す日は来ないのである。


きょうもみなさんの家では、目に見えないホコリ発生ロボットがホコリタケのごとくボフボフとホコリを吐いているかもしれない。いずれその不正が暴かれる日が来ることを切に願う。というわけでホコリの正体は、某大手電機メーカーの陰謀であったと結論付ける。


世知辛い世の中になったものだ。

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