ニオイアシナガタケ(Mycena filopes)

『あしながおじさん』 という小説をご存知であろうか。簡単にあらすじを言うと、孤児院で育ったひとりの少女が、とある資産家の目に止まり、彼に毎月手紙を書くことを条件として大学進学のための金銭的な援助を受けるという物語である。


 改めて物語の大筋を書いてみると、なんだか変態パトロンのロリコン日記のような、江戸川乱歩的趣の話に感じる方もおられるかもしれないが、けっしてそのような幻想文学的な側面の強い小説ではないので念のため。


 まだ「あしながおじさん」という物語を知らない方もおられるであろうことから、もちろんここでは詳しい内容は語らないこととする。ただ一点だけ、今回のきのこの話にも繋がるこの小説のタイトル名であるが、主人公の少女が見かけた謎の資産家の後ろ姿の影が、西陽に照らされてとんでもないくらいに「あしなが」に見えたことから、彼女がその謎の人物を「あしながおじさん」と呼ぶようになるわけである。意外と重要なポイントのネタバレであったかもしれないが・・・。


 というわけで、今回は「ニオイアシナガタケ」の話である。


 ラッシタケ科クヌギタケ属のきのこで、学名を「Mycena filopes」、漢字で書くと「臭足長茸」あるいは「匂足長茸」である。傘の径は0.5cmから大きくても1cmほど、形は円錐状鐘形をしており、表面の色は淡い灰褐色、中心部分がやや濃くなっている。柄の長さは3.5cmから長いと10cm近いものもあり、色は根元部分から上に向けて灰褐色から白色へのグラデーションとなっている。名前にあるように臭いに特徴があり、やや薬品のような臭いをもっているがそれほど不快なものではない。ニオイアシナガタケよりも少しだけ体が大きく、そして臭いを持たない「アシナガタケ」という種類も存在する。ずいぶんと小さくて華奢な体つきをしているため、極小の個体に関しては「きのこ脳」と「きのこ目」にならないと見つけるのはなかなかに困難であると思われる。しかし広大な苔の海に揺らめくその小さな体を発見した際の感動はなかなかのものであるゆえ、ぜひ探してみてはいかがであろうか。


 さて、『あしながおじさん』の話に少しだけ戻ると、冒頭で発表してしまった小説のタイトルの由来、物語の最初に少女が知り得たその資産家の情報に、足が長いという容姿に加えて、もし去ってゆく資産家の残り香、いわゆる臭いの情報があったならば、おそらくその少女は「においあしながおじさん」と呼ぶようになったに違いない。何かを判断する際には臭いは重要項目であるゆえ、残り香の要素は必要ではなかろうかと思う。というわけで個人的には、内容に少し手を加えた改訂版、『においあしながおじさん』の出版希望に一票を投ずる。

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