ニガクリタケ(Hypholoma fasciculare)

 先日、気晴らしに山歩きに行った際のことだが、山道のいたるところでトングを持った紳士淑女が数グループ、なにやら下を向いて歩きながら何かを物色している姿が目に映った。「なにか探しているんですか?」とぼくがある女性二人組にたずねてみると、栗を探しているという。なるほど、もう秋が忍び寄る季節であり、秋といえば栗であろう。


「もうほとんど早朝に来た人たちに拾われちゃってね、ほとんど無いんですよね・・・あなたも何か探しているようだけれど?」という返しに、当然ぼくはこう答えたのである。


「きのこを探しています。」


「ああ、きのこねえ、あるあるたくさんあるよね、でもきのこは恐いからねえ、がんばって探してください。」そう言って二人の女性は山道を外れて林の奥に消えていった。


 確かにきのこは恐い。まあぼくが完全に食用としてきのこを探しているのだと思っての発言であろうが、しかしおっしゃる通りきのこは恐い側面をもっている。少なくとも栗のように気軽に拾って帰って食べられるものではないであろう。栗にも種類はあるだろうけれど、毒を持った栗があるという話は聞いたことがないし、栗の姿に酷似した毒性の木の実が、この時期には山に多く落ちているから栗と間違えないように十分気をつけろという話も聞いたことがない。もし毒を持つ栗があって、その見分けが非常に難しく、毎年毒栗の中毒による死亡事故が後を絶たないということになれば、栗拾いにももう少しスリルとサスペンスが付加されて、きのこ狩りに勝る楽しさが出ることであろうが。


 というわけで、今回は「ニガクリタケ」の話である。


 モエギタケ科クリタケ属のきのこで、学名を「Hypholoma fasciculare」、漢字で書くと「苦栗茸」である。傘は2cmから5cmほどの饅頭形で、全体が薄い硫黄色、中央部分だけがやや黄褐色をしている。ひだは密で紫褐色をしている。そして名前にも記されている通り、とんでもなく苦い。


 ある家族がこのニガクリタケを佃煮にして食べた結果、家族六人すべてが重度の中毒症状を発症し、そのうちの子ども四人が死亡したという報告のある超猛毒きのこである。四人の子どものうち年齢の若い三人は二日後に、年長の子どもは四日後に死亡している。ともに食後数時間で舌がしびれ、激しい嘔吐と痙攣、そして意識不明に陥り、一旦は回復したかに思われたのだがその後体に紫斑があらわれて急死しているという。両親はなんとか持ちこたえ回復に至ったが、母親のほうが症状は重く、意識不明にまで陥っている。


 このきのこの同属には「クリタケ」という食用きのこがあるのだが、ニガクリタケはクリタケとはビジュアルがずいぶん異なるので間違えて食べるということはないであろう。ただニガクリタケの同定の大きな基準はその苦みにあるということなので、その場で生でかじってみればすぐにわかるのである。クリタケかニガクリタケかで迷った際には、ぜひその方法をオススメしたいが、ぼくは猛毒にビビってかじれなかったことは言うまでもない。いくら吐き出せば大丈夫だからといっても、万が一ということがある。


 まあそれにしても、なんだか美味しそうだからという雰囲気だけで、うっかり野のきのこなど食べられたものではないなあと、事例を知ってみてしみじみ思う。ましてやそんな毒きのこがちょっとした場所に生え放題なのであるからして、自分では自ら食べないにせよ、「これは食べられるきのこだよ」といったお墨付きの貰い物や、どこぞにお呼ばれした食事の席の「きのこ」にも、今後は神経を配らねばなるまい。自分の身は自分で守るのが基本だということである。


 その日の山歩きでも、山道にちらほらと食べられそうなきこのは数種類見つけたのだが、迷った挙句に結局観察のみを楽しむこととして帰宅した。ちなみに思いの外良質の栗を十個ばかりだが拾って帰って来たので、ささやかな栗ごはんにでもして楽しもうと思っている。


 その栗が、毒のある未知の栗でありませんように、くわばらくわばら。

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