ハナビラタケ(Sparassis crispa)

 きのこを探すようになってから脳が「きのこ脳」になっているらしく、視覚的に風景の中で捉えた物体の形状を、よりきのこ贔屓に分析してくれるようになった。きのこの形状は一般的に知られている傘と柄を持つ典型的なものばかりではないのは言うまでもないが、その様々な形状の情報を文献で頭に叩き込みつつあるぼくの脳は、普段はあっさりと見逃してしまいそうなどんなに小さな物体でも、どんな遠くにある影でも、あるいはきのこには到底見えないようなものにさえも、それがきのこに繋がる可能性がある場合には、


「アレハ キノコ デス」


 と瞬時に情報伝達をするようになった。そのおかげで以前よりも随分たくさんのきのこを発見できるようにはなったのであるが、その情報伝達が間違っている場合もあり、十回に四回、つまり四割ぐらいは「きのこではないもの」に対しても、


「アレハ キノコ デス」


 と言ってくる。しかしまあ、それもやむをえまい。そのきのこ脳のおかげで、以前のぼくであれば見過ごしてしまうようなきのこも発見できるようになったのだから。


 というわけで、今回は「ハナビラタケ」の話である。


 ハナビラタケ科ハナビラタケ属のきのこで、学名を「Sparassis crispa」、漢字で書くと「花弁茸」である。ハナビラタケ属には数種類の仲間がいるらしいのだが、ぼくのきのこ初級の知識ではいまのところ細かな判別は不可能である。しかしこの松江城で見つけたものは、ハナビラタケ属には間違いないであろう。随分と草むらの奥の方にひっそりと花開いていたので、以前のぼくであればこれがきのこだとは到底思わなかっただろうが、いまのぼくのきのこ脳をナメてもらっては困る。ちなみにこのハナビラタケは人工栽培も行われているらしく、スーパーなどのきのこコーナーに並ぶこともあるそうだが、ぼくは一度としてそんな商品は見たことがない。もちろん栽培して売られているくらいだから食用のきのこである。さらにはその成分に着目されてサプリメント的にも販売されているらしい。なにやら癌に効果があるとか。世の中には知らないことが多いとつくづく痛感する。


 さて、そんなこんなでハナビラタケ発見後、大満足で家へと帰る道すがらにまたしてもぼくのきのこ脳が、


「アレハ キノコ デス」


 と叫びだしたので、はたと駆け寄ってみると、それは真っ黒い生地に七色の水玉模様をあしらった「シュシュ」であった。たしかにきのこのように見えなくもないが、我がきのこ脳よ、もう少し精度を上げねばならないようであるな。

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