ムラサキホコリ(Stemonitis fusca)

 「粘菌」という言葉を時々耳にする。ぼくにとっては、南方熊楠と関連付けてなんとなくの概要だけ理解している程度の言葉で、実際にどんなものなのか見たことはなかったのだが、きのこを探すようになってから、枯れ木などに蠢く粘菌を時折目にするようになった。南方熊楠のことをここでちょっと語ろうかとも思ったのだが、きのこの余談で語るにはあまりにも巨大過ぎる人物なので、今回はあっさり断念して名前だけを記述するにとどめておこうと思う。


 というわけで、今回は「ムラサキホコリ」の話である。


 ムラサキホコリ科ムラサキホコリ属のきのこで、いや変形菌ってきのこと呼んでもよいのか知らないが、見つけたのは子実体なのでまあひとまずきのこで、学名を「Stemonitis fusca」、漢字で書くと「紫埃」である。


 変形菌というのは、胞子壁を破って出てきた粘菌アメーバが、地べたを這いまわりながらカビや細菌などの微生物を捕食して大きく成長するという動物的性質を持ちながら、休眠期間を経て小型の子実体を形成し、胞子により繁殖するといった植物的性質をも併せ持つ生物のことであり、俗に粘菌と呼ばれている。


 ぼくが今回見つけたのは子実体の状態のもので、さながらトリートメントのCMに出てくる髪の毛のように、サラサラと風に揺られていた。おそらく胞子を飛ばしている状態なのであろう。まあ見た目は完全にメデューサのそれであるが、ちょっとだけ綺麗な例えで表してみたくなるほど、きれいに風に揺れていたのである。おそらく十分くらいはその場でしゃがみこんで眺めていたと思う。遠目から見たら、雑木林の中でずっとしゃがんでいるので、もしやあの男は野糞でもしているのかと思われていたであろうが、否、粘菌を観察していたのである。


 まあそんなこんなで、最近きのこばかり追いかけているせいか、視点が日に日にミクロ化していっており、毎日眺める世界はまさに「風の谷のナウシカ」になってきている。人間同士で戦争などしている場合ではない、腐海に飲み込まれる前に人々はもっと自然を敬い、生き方を悔い改めるべきであろう。


 ぼくはそのうち、青き衣を纏って金色の野に降り立ちますから。

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