夢のキノコ城

 廃城令の後、天守以外の建物が撤去された城跡は、現在では城山公園じょうざんこうえんと呼ばれ松江市民の憩いの場所となっている。もちろん市民だけではなく、観光に訪れた人々の散策路としても整備されていて、城の周辺を歩いてみるとわかるのだが、城跡にしてはなかなかに自然が豊富である。


 天守を見上げる広大な芝生の野、老樹木が生い茂る鬱蒼とした遊歩道、苔の絨毯が広がる小さな森、また梅に桜、ナンジャモンジャと呼ばれるヒトツバタゴなどなど、年間を通じて四季折々な草花の姿を観察することが出来る。城内には多くの野鳥、野ネズミやら野狸、ひょっとしたら野狐まで生息していて、つい最近には野猪までも走り回っていたというから、ちょっとした山林のような趣を持っている。加えて城を取り囲む内堀は汽水湖である宍道湖に繋がっているため淡水魚と海水魚が入り乱れる独特の生態系をもち、さらにはその内堀を、笠を被った船頭が操る舟が行き交っている。


 正直言うと城郭や城跡などにはさほど興味のないぼくなのだが、例えばそういう概念を取り外して、ちょっと違った目線で改めて眺める松江城は、あの夢の国、ディズニーランドにも通ずるところがあると、勝手ながら時々ふと思っている。本場アメリカのものには行ったことがないから、厳密には東京ディズニーランドということになるが。そんなぼくの目には松江城の天守は時折シンデレラ城に映るわけであり、所々に老樹木が生い茂る内掘を、観光客を乗せて行き交う舟の情景はまさにジャングルクルーズなのである。散策の際にふと気が付くと、内掘を巡る舟のガイドも担う船頭の声が、「あっ!!皆さん見てください、あそこに人喰い亀がいますよ、気を付けて!!!」と聞こえるような錯覚をおこすことさえもあるのだが、まあそれは置いておいても、実際に舟の屋根が上下に稼働して舟体が変形し、暗渠のような場所に潜り込むというスペシャルなエリアまで存在するのであるから、もはやアトラクションの域であろう。さらには、城内には甲冑をつけた侍が練り歩いていたり、木陰に忍者が隠れていたり、火縄銃を携えた鉄砲隊が射撃訓練をしていたりして、声をかければ一緒に笑顔で写真など撮ってくれる。夢の国で言うところのアイドル的なネズミやイヌやアヒルのように。時期によってはエレクトリカルパレードさながらの武者行列が法螺貝を吹き鳴らしながら入城してきて、城内の芝生が武者で溢れかえっていることさえある。言うなればやはりここは島根のディズニーランドではないか!と思ってしまうのである。


 もちろん生粋の歴史愛好家や城郭愛好家にとっても見どころは多い松江城ではあるだろうが、ちょっと違う視点から楽しむ松江城もなかなかどうして捨て難く、かつてこの地に暮らした小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが怪談を空想しながら松江城散策を繰り返したように、ぼくも暇があれば日がな一日、あらぬ妄想をふくらませながら松江城を散策する日々を送っている。


 と、そんなある日ふとした瞬間に、城内にたくさんのきのこが生えていることに気がついたのである。これもまた夢の国らしい情景ではあるが、もちろん城内の自然が豊かだということもあるのだろうし、山陰を取り巻く凄まじい湿気が大きな要因であるかもしれない。ただその数がちょっと尋常ではない。見方を変えればきのこの森、いやきのこの城とでも言えそうなほど、きのこが生えている、いや乱れ咲いているのである。この際、千鳥城などという別名ではなく、国宝に指定されたことに乗じて別名を改名して、茸城きのこじょうとでもしたらいいのではないかと感じるほど、松江城内はきのこに溢れているのである。


 ここで無駄に好奇心旺盛なぼくは、あらぬ欲求を覚えてしまう。この松江城内には、いったいどれくらいの種類のきのこが生えているのか、探して蒐集してみたい。持病の蒐集癖である。そうやってはじまったのが、この「松江城マッシュルームマップ」なのである。


 ちなみに先に述べておくと、題名にマップ、つまり地図という意味合いの言葉を使ってはいるが、本文は松江城内の菌類の発生状況および詳細な分布図を調査報告するような学術的ガイドブックではない。またぼくは大学で菌類を専攻した経験があるわけでも、あるいはきのこを研究している権威ある学者だったりするわけでもなく、初級のきのこ愛好家ほどなので、きのこ自体の情報については完璧な知識には基づいていないこともある。そして、ぼくの好き勝手な妄想が内容の大部分を占めている場合も少なからずあるので、そこは温かい目で見守っていただきたく思っている。おそらくはほとんどが妄想みたいなものかもしれない。


 そのため、ここに書かれた内容を読んで鵜呑みにして、例えば「食べられるきのこが松江城に生えてるじゃん、きょうはきのこ狩りに行ってからのきのこパーティー開催だね、母ちゃん!」などと迂闊に松江城内のきのこを食べて中毒死などしても当方は一切関知致しかねるし、知ったこっちゃないのであしからずとさせていただきたい。本文云々に関わらず、きのこのご利用は自己責任で計画的にというのが大前提である。


 本文の立ち位置としては、松江城内を歩いていて目についたきのこをさらっと紹介しながら、無駄な立ち話や無駄ではないかもしれない立ち話なんかをしますよ、という適当な内容なので、鼻でもほじりながら読んでいただくのに最適であろう。

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