オニフスベ(Calvatia nipponica)

 赤ん坊は丸いものが好きでついつい注目してしまうらしい。ぼく自身は赤ん坊と長時間過ごした経験がないので詳細はわからないが、赤ん坊がそういう習性を持っていると風のうわさ程度に耳にしたことがある。そしてその話を、とあるきのこを発見して思い出した。


 というわけで、今回は「オニフスベ」の話である。


 ハラタケ科ノウタケ属のきのこで、学名を「Calvatia nipponica」、漢字で書くと「鬼贅」である。カサは球状で10cmから50cm、幼菌の内部は白色で弾力があるが、次第に褐色の液を出して紫褐色の古綿状となる。オニフスベは日本特産のきのこで、和名の由来はその形状を鬼の贅(ふすべ)に見立てたものだと言われている。


 贅とは瘤や疣の古名である。『本草和名』、『和漢三歳図会』、『物類品隲』、『本草綱目』などにもその記述が伺え、江戸時代にはこのオニフスベやホコリタケは総じてバボツ(馬勃)と呼ばれていた。『本草綱目』によれば馬勃とは馬の屁のことだという。多くの和名、方言を有するきのこで、ヤブダマ(藪玉)、ヤブタマゴ(藪玉子)、ミミツブシ(耳潰)、イシワタ(石綿)テングノヘダマ(天狗屁玉)、キツネノヘダマ(狐屁玉)などとも呼ばれる。地域別に見てみると、オニフスベ、ヤブダマ、ヤブタマゴ、イシワタ、イシノワタ(伊予)、ウマノクソダケ、ウマノホコリダケ、ホコリダケ、チホコリ(佐渡)、ミミツブシ、(讃岐)、ツンボダケ、キツネノハイブクロ(若狭)、メツブシ、キツネノチャブクロ(大和)、チトメ、キツネノヒキチャ(伊勢)、キツネビ(南部)、キツネノハイダワラ(越前)、カザブクロ(陸奥)など様々である。


『和漢三才図会』には「馬勃は園内、竹林、荒野に生える。大きさは、鳥の卵くらいである。薄皮があって灰白色、肉は白く、とてもショウロに似ている。煮て食べると味は淡く甘い。老熟したものは、はなはだ大形で、死者の首に似て醜い。その皮は裂け易い。中は煤黒色で柔らかく綿のようで粉が出る。止血にとても効能がある。」との記述があり、昔から食用はもちろん薬用としても珍重されていたきのこらしい。


 オニフスベの仲間は世界各国に数種類存在するが、日本に存在するのは本種のみだと言われる。しかし一方では、日本にももう一種類存在する可能性があるとする話もある。


 ぼくが発見した時はまだ卓球の球くらいの大きさだったのだが、次の日にはソフトボールくらいにまで成長していた。発見した瞬間には、さながら妖怪の如き存在感に圧倒される。観察を続ければ最終的にはバレーボールくらいになる予定だったのだが、なんと翌朝その場を訪れると、誰かの手によって粉々に破壊されて投げ捨てられていた。その手口からして明らかに人間の仕業である。もしそれが丸いものに目がない赤ん坊の手によるものであれば、まあ仕方ないなあとあきらめもつくが、あんな藪の中を赤子がハイハイで歩きまわるわけもなく、れっきとした大人の仕業である。ぼくがその場で跪いて空を仰ぎ、天に拳を突き上げて「なんてことだ〜っ!!!!!!!」と叫んだのは言うまでもない。傲慢な人間め!


 まあぼくも人間ですが、自然に対する畏怖と敬意は比較的大きいです※1.当社比


 いずれにせよ、オニフスベとの貴重な出会いをここに記すのであった。


 追伸:あのオニフスベを粉々に砕いたのが赤子の仕業だと仮定して、真夜中の藪の中をハイハイしてきのこを潰しまくるその姿を想像してみたのだが、古典落語の「もう半分」ばりにずいぶん怪談めいていて恐ろしい光景である。


 事実は小説より奇なり。

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