第2話 貧乏侍さま


―――町の大通り。


「よーう、山原の旦那ぁ。今日ものんびり散策かいー? たまにはウチの綺麗どころ見てってくれよー」

「はは、山原の旦那はそんな金もってねーだろ」

「ちげぇねぇや、ははは」


 どうやらこのは貧乏で有名らしい。しかし町人達の声に悪意は感じられず、人望はあるようだ。



「山原さま、どうかお殿様に年貢を軽くしてもらえるように言ってくださらんかねぇ?」

「そんな事したら山原様の懐がますます寒くなっちゃうよお婆ちゃん」

 確かにあの後、隠し財産の線も含めて徹底的に家捜しをしてみたものの戸棚には僅かな銭が、蔵に4、5俵の米が転がっていただけで、武家の屋敷らしい財は見当たらなかった。


「(当面の活動には里より補充が届く手はず故、問題はない。しかし)」

 どう振舞うべきか? 山原という名の武士として今後の展望を考え、彼は思索にふける。―――と


「痛っ! す、すみません、余所見をしていて…あっ、山原様」

 町娘だろうか? しかしなかなか小奇麗で器量の良さそうな女性にょしょうだ。


 しかし彼にとってこの状況は試練だ。


 山原を知っているような口調の町娘にどのように接するのが正しいのか? 対応で下手を打つとたちまち怪しまれる。


「…ああ、気をつけなさい。きちんと前を見て歩くように」

 下手に感情を込めることなく、会話も最低限にとどめる。しかし無愛想にならぬよう、ほどほどの朗らかさを意識した微笑みも忘れない。


「は、はい。申しわけございませんっ。…あ、その、山原様? …い、いえ、なんでもありません、失礼しますっ」

 逃げるように去ってゆく娘。だがその姿に自分への嫌悪感や拒絶感は見られない。むしろ―――


「……使えるか? いや、下手に関係を持つべきではないな」

 使命を遂行するのが自分にとって最も重要な事だ。下手な言動は慎まなければならないだろう。




 彼は娘が去った方を一瞥すると、そのまま反対方向へと歩き出した。


「(さて、当面は溶け込むことと、成りきる事に専念か。言葉遣いにも気をつけないとな)」

 事前の調べでは山原に身内はいない。孤児から這い上がった武士だ。ゆえに狙い目だったわけだが、彼の生涯の努力を思うと罪悪感を感じずにはいられない。


「(これも乱世の習い……許せ)」

 使命を全うした時、山原を葬って本来の姿に戻る。この世から山原という名の武士が、完全に消えるのはその時だ。


 上手く過ごしていかなくてはならない。今この時より山原が死ぬまでの計画を考えながら、山原は町の散策を続けた。





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