TOCHIKI〜語り継がれる物語〜

たけるんば@

第1話

 ________世界には、思わず息を呑むほどの幻想的な場所があると聞く。消えない美しい炎が燃え続ける巨大な穴。水上都市。一面に広がるオーロラ。古代文明が色濃く残る空中都市......


「死ぬまでに一度は行ってみたい」と、世の人々に思わせる場所が、この世に数多存在する。


 かくいう僕、も西洋では『黄金の国』と呼ばれ、金で溢れていると憧れられている国に住んでいる。


________もっとも、噂のようにどこそこ金で装飾されてるわけでもなく、今は平々凡々な国なので、その国名は実情当てはまるかと言われると、否むことしかできないのだが…


とはいえ、実際は金が取れるらしいので『黄金の国』というのはあながち間違ってはいない。


しかし、庶民にそういった実感が湧かないのは、国の公爵が金を独占しているからだと言われている。つまりは、僕らみたいな庶民には、全く利益のかけらも回ってこない。まあ、僕の場合は、普通の庶民とはいえ、少し訳ありである。


人々は口を揃えて、「金なんて公爵みたいに人間を腐らせてしまう」と言う。だが、正直言うと、僕は埋蔵金でも見つけて少しは楽したい、などと思ってしまうタチである。


とはいえ、天涯孤独な僕は、そんな妄想など捨てて、生活のために、毎日ひっきりなしに青果屋と居酒屋で働いている。学校など、まるでついでである。


 そんな中、僕を哀れむ大家さんの厚意により、家賃が相場の半額程度の月銀貨3枚のアパートに暮らしている。しかし、食費や学費は無慈悲に降ってくるために、学生かフリーターか、全く判断のつかないような生活を送っている。


 ..........実はそんなに働かなくても生活はしていけるのだが、大きな大きな野望のために、上級学校へ行こうとその学費を貯めている。簡単に言うと、偉くなりたい、といったところか。親の既得権益が、子供にも大きく有益に働くようになった今の社会において、非常に難しいことではあるのだが、それでも僕は夢を見続けている。



そんな、偉くなりたいというハングリー精神からか、今の学校への入学試験はなんとか成功した。


しかし、僕が入学した学校は、西部領地の五本指に入る高等学校らしく、金持ちが多く、自分の感覚とのギャップに苦労する日常を送っている。夢み描いた高校生ライフは僕には縁が無かった__________


さらには奨学制度をフルに活用した僕は、周りの生徒からも、教師からも、あまり良い目では見られていない。それも重なり息苦しい毎日である。


…………こんなことになるならば普通の学校に行けばよかった。


そんな後悔もあるのだが、将来のことを考えて今は甘んじている。


なぜかというと、この学校の教義はかなりレベルの高いものなので、上級学校への進学のためにの選択としては、最善であるためである。



「…というように、約400年ほど前、初代元首咲姫が、この国の独立を統一と共に勝ち取ります。その際に当時の有力公爵だった建本家の協力を得るため、独立の暁には北部の金山の独占を許可する、という内容の密約をしました。結果、大陸の駐留軍を追い出し、戦争になったものの、統一されたこの島国は地形上の有利もあって、数多の犠牲の上に辛くも独立条約を大陸国から勝ち取りました。」


この国の独立の歴史を教師がテンポ良く教義している。


今は建国史の教義の最中である。特に興味があるわけではないが、愛国心の高いこの国では様々な試験の際に建国史の比重が大きくなりがちである。


…………………………僕はまったく興味はない。


そもそも公爵に金山の利益の独占を密約したことで、長く長く続く格差を生み出し、経済の停留を生み出しているのだから笑いものだ。さらには公爵は金を海外に流すか、残り3人いる公爵の関係者に高値手間売り払っている。ここまでくると救いようがない。


そんなこの国のブラックヒストリーを独立という単語で隠し、鼻高々に教義する教師の気もしれてるが、熱心に聞く同級も救えない。


そして、そんな建国史を超重要視するこの国には、もう言うことはあるまい。


そんなことを考えている内に、建国史の教義は終了した。今日は建国史の教義で学校は終わる。大抵は皆、放課後は勉学に励むか、友人と遊びに行くかの二択である。………今日は金曜日なので後者が多いかもしれない。


そんな連中とは違い、僕はバイト先の青果店へと向かう。特に気心知れた友人もいないため、日程管理には困らない。ほぼ毎日、学校が終わるとバイトの生活を繰り返している。


この年になると彼女だか彼氏だと、色恋に浸ってしまう人がい多い。しかし、僕にはそんな時間もないし、そんなことをするつもりもない。羨ましいとも全く思わないし、そういった事に時間を費やす人の気持ちも全くわからない。


…………………訂正。少しだけ、ほんの少しだけ羨ましい。そう、ほんの少しだけ……


そんな事を考えていると、あっという間に青果店へと着いてしまった。すぐさまロッカーへと向かい、バイトの服に着替えて仕事に就く。


一人で忙しそうにしていた店長は僕が来た事に安心したのか、口パクで「助かった」といい、にこっと笑いかけた。


いつも通り、店内の様子を一目見て、作業に取り掛かる。



「謙ちゃんは彼女作ったりするん?彼女と会うためにシフト減らして、おばちゃんが買い物しに来た時に謙ちゃんおらんかったら常連としてはさみしいもんよ。」


 果物を陳列していた時に、そこそこ常連なおばちゃんが意表を突いたように言って来た。


 「そんなこと言いながらおばちゃん、最近家の近くにできた江藤ヨーカ堂に毎日かよってるんでしょ~」


 そんな平気で常連の店を捨て、ヨーカ堂に足しげく通う若干裏切り者のおばちゃんたちとのデジャヴな会話をしていると、店長が横やりを入れるように言葉を挟んできた。


 「おばちゃん。そんなこと言ったらあかんで。謙ちゃんやてもういい歳や。顔もいいし出会いは多いんや。若いうちは青春せなあかん。てもどうして彼女がでけんのか謎やな....わしも心配になるんやで。........とは言え、謙ちゃんに会いにくるおばちゃんたちはいっぱいおるんやけん,シフト減らしたらこまるんやけどなぁ。しごともできるしなぁ....」


「店長、いらない心配ですよ。僕は頼る人がいませんから、毎月の収入が減るわけにいきませんしね。恋なんて僕には遠い話です…」


「なんか、すまんな……ちと嫌な思いしたかい?」


「いえいえ、本当のことですし…」


「そんなことだからおばちゃん、もう謙ちゃんの前では恋愛の話なんて禁止な。謙ちゃん傷ついちまう…彼女なんてできないんなけん…」


「そうね…悪かったよ謙ちゃん、だけど彼女がでけたら教えてな。」


「店長……別に傷ついてないですよ……。むしろ店長の最後ら辺の言葉で傷ついちゃったんですけど…」


そんな店長の粋なのかからかっているのかわからない気遣いに少しだけ苦笑しながらまた仕事に励む。







「ほい、謙ちゃん今日もお疲れさん!いつもありがとね!今日は上がっていいよ!ゆっくり家に帰って休みな!」


「そうですね。今日は居酒屋のバイトもないので帰ってゆっくりするとします。」


僕は微笑みロッカーへ向かう。


学校の制服に着替え、僕は帰宅の途につく準備をした。ちょうどロッカーの鍵を閉めた時、店長がロッカールームへと入ってきて、僕に笑みを浮かべて近寄ってきた。なんとも君の悪い光景である。


「謙ちゃん!顔色最近わるいなぁ、あんままともなもん食ってへんのやろ?これ持ってきな!」


そう言って、店長は仕入れの際に野菜が入っていたダンボール箱に、いくつかの野菜を入れて僕に渡してくれた。


「ありがとうございます。最近はほとんどご飯と卵で作った簡単な料理ばかりだったので、本当に助かります。そろそろ体が心配な頃でしたので。」


僕はそう言って深々と頭を下げて店長にお礼を言った。


「じゃあね、謙ちゃん!明日からもいつも通り頼むで!気をつけて帰りな。」


「店長、野菜ありがとうございます!たとえ売れる見込みがない余剰入荷分とはいえ店長のお気遣いには感謝しかありません!」


「余計なことを言うな!かわいくねぇ…」


「冗談ですよ。」




帰りに店長との軽いやりとりを済ませて僕は帰路へと着いた。



____________この青果店は、古びたアーケード街のほぼ中間地点にある。僕の家はアーケード街を抜け、東に歩いて20分くらいの場所にある。


何時もだと、同じアーケード街の、青果店から数百メートル離れた居酒屋にバイトに向かうのだが、今日のように夜にバイトがない日には、ゆっくりと帰るのが常となっていた。


夕方ならではの綺麗な夕日でも見よう、というのが主な理由だ。それに、夜には暗くて何かと治安も悪く危険なため足取りが早くなってしまうので、時間がある日だけにできる、ほんの小さな楽しみである。


数年後には出て行ってしまうかもしれない街の景色を、少しでも長く心に留めておきたい。そんなもっともらしい理由もなくはないのだが、日々の忙しさに少し、嫌気がさして和みを求めているのかもしれない。


……とはいえ今日は少し例外である。なにせ、店長からもらった野菜を持っているからである。いくら仕事で慣れているとはいえ、学校帰りの荷物も背負っている上に、小さいながらダンボール箱いっぱいの野菜を持ち、タラタラとゆっくり歩き続けるのは辛い。


……早く野菜を食べたい。そんな少し高揚した思いがあるのも事実である。


今日は誰かに頼み事されてたとしても、断って真っ直ぐ家に帰ろう。 帰ったらすぐに店長からもらった野菜でスープでも作ろう。そして早いうちにご飯を終えてゆっくり過ごそう。


そう心に決め、少し早足に帰路を急いだ。





10分くらい歩いたか、帰路の最後の信号にまでたどり着いた。もうすぐ家につく。今は秋も半ばなので、夕日が沈むのがだいぶ早くなってきた。街の子供たちはすでに家に帰っている頃だ。



家並みを見ると所々明かりが付いてる。明るい声が窓から漏れていて、家族の賑わいを容易に想像させる。


……………………………………………………



夕方に吹く静かな静寂の風のせいもあってか 少し、家族がいない自分が虚しくなってきた。


早くこの場から離れたくもある。


とはいえ、野菜が案外重く少ししんどいため、休憩がてら物思いにふけるのも良いかと、丁度歩道にあったバス停のベンチに腰をかけた。


……家族ってどんなものなのだろうか。両親と一緒に今日の出来事や世間話、恋愛話なんてするものなのだろうか…


「………いいなあ。………………………って考えるだけ無駄……。叶わない妄想をするのは辞めるか…」


せっかく店長から野菜をもらって高揚していたのに、その気持ちが今は何処へやら。このままでは夕飯も不味くなってしまいそうなのでボヤキで留めておくことにした。


…………………………………………………………




………目に何か熱いものを感じる。ボヤキだけでは収まらず、寂しさとも惨めさとも言える感情が溢れ出てきた。誰もいなかったのが幸いか。誰かに見られたらそれこそもっと別の感情に襲われ惨めさが乗算されてしまう。


それでも……



「家族っていいよなぁ。もう一人になって随分と経ったけど、どうしても夕食の時は寂しいんだよなぁ……せめて誰か食事を一緒にしてくれる人とかいないもんかな……せめて、せめて夕食だけでも………」



誰もいないことをいい事に感情を言葉にして出してしまう。もし見られでもしたらそれこそ首をつって死んでしまいそうだ。



…………………………………………………………



天涯孤独とは悲しいものだ。こうして夕飯を誰かを食べるという希望さえ、口にするだけで虚しくなるのだから。もう、こんなことを考えるのはやめよう。そう思い再び歩き出そうと腰を上げた。




………………………………………………………



「……………そんなに寂しいなら私が一緒に食べてあげようか??」



透き通ったような、それでいて優しい声が後ろから聞こえてきた。



「………………………………………………………」



振り返ると、自分よりも2つか3つ上に見える女性がそこに立っていた。



「……………………………………………………」




……………………………聞かれてました!しかもよりによって女の人に!僕を生んだくれたお母さん、お父さんごめんなさい。僕はここで人生を終えます!これでやっとふたりにあえそうです!ありがとう現世!イエス様、無信教とかほざいててごめんなさい。僕に良い裁きを!できればヘブンに連れて行ってください!



「………………………………いまイエスに天国への裁きを請う死者の顔してるよ君。まだ世界の終わりを見たことがないから見たことなんてないけど。………大丈夫???」



「…………………………………………………」




……………………………………………………………




長い長い沈黙が続く。真っ白になっていた僕の思考に『羞恥』の情があふれんばかりに湧いてくる。羞恥で満ち溢れた僕の顔は沸騰していた。


僕はあまりの恥ずかしさに我を忘れて家へと全速力で走って逃げていった。






________________________





寂しさや惨めさなんて頭の片隅にも残らないほどの羞恥の情に襲われながら、僕は家にたどり着いた。


誰かに見られてないか右へ左へと視界をめぐらせ、誰もいないことを確認し家の中へ入った。




「みられてた!みられてた!うわぁ………恥ずかしい!死にたい!わぁぁぁぁぉぁぁぁぁ………もう生きていけない……。『私が一緒に食べてあげようか』て言ってたし!絶対聞かれてた…」



……………………………………………



家の中に入っても真っ赤な顔はいつまでも、うすだいだいには戻らなかった。



もう金輪際、あんな事を口に出すのはやめよう。思うのもやめよう。



そう心に誓った。


…………………………………………………


それでもさっきの事を思い出してしまう。何度と何度もフラッシュバックしてしまう。その度に赤面しながらあわわわわっと軽いパニックに陥ってしまう…


……………………………………………


とはいえいつまでも自分しかいない部屋でこうしているわけではいられない。


いつまでも考えても無駄なので、店長からもらった野菜を使って気を紛らわすためにも夕飯を作ることにした。


野菜スープを作ろうと鍋を取り出し、まな板と包丁を洗う。水を張り、火を点けて、野菜取り出そうとダンボール箱を開けた。


丁度その時である。




「ピーンポーン……ピーンポーン……」



………………………………………




家のドアのチャイムを鳴らす音がした。



……………恐る恐るドアノブに手をかけ、まさかあの人じゃないだろうとそろっと思いながらも、どこかそんな気がして少々パニックになりながらドアノブに手をかけた。


「い、い、今開けますね。どどどど、どちら様で…………」


「もぉー、走って逃げちゃうから家がどこかわからなかったんだからー!!!暗いところに女の子を一人にするなんて、どういう神経してるのさー」




………………………………案の定彼女がいた。

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