屋上遊園地

泉るい

屋上遊園地

屋上遊園地                  


 吉田紗夜子(さやこ)と偶然会ったのは、新しくできたショッピングモールの屋上遊園地だった。


「橋を渡った隣町に新しいショッピングモールが出来たらしいぜ」

 正直、俺は興味がなかった。隣町は昼の情報番組で『お洒落なマダムが住むセレブ街』とよく紹介されている街だ。ちなみに俺が住んでいる所は、寂れた商店街と三六五日ガチャガチャうるさい柄の悪いゲームセンターと、歴史があるわけでもないのになぜか古い建物の男子高校がある。すぐ隣にある街なのにセレブとは程遠い町だ。そうなると自然と気が引けるというか、その街に行くのはおかど違いのような気持ちになる。が、先輩はそうでもないらしい。

 結局俺はその日にボクシング部の先輩に連れられてショッピングセンターに行き、明るすぎる店内を歩き、この県では初出店のアイスクリームを食べた。ガリガリ君の方がうまいっす、と俺が言うと、分かってねぇな宮家(みやけ)は、と言われた。

 一通り中を見たあと、先輩は塾の時間があるから、と言って別れた。俺も帰ろうかと思ったが、その時ショッピングモールの壁に「↑屋上遊園地」と書かれている文字が目に入った。



 カラフルな遊園地だった。『FLOWER WHEEL』と看板が掲げてある小さい観覧車は、乗る籠がチューリップを逆さまにしたもの、三歳児が乗るようなミニメリーゴーランド、ドキンちゃんやバイキンマンの形の乗り物、端っこにあるテントの下にはクレーンゲームやレースゲーム機が並んでいる。小さい男の子が、一人で無邪気に走り回っていた。母親は「走らないの!」と注意をして歩いて追いかけている。俺はベンチに腰かけて、ぼんやりその遊園地の光景を眺めた。小洒落た街だと思っていたが、なんだかここは落ち着ける場所だった。平日の夕方と言うこともあり、あまり人はいない。小学生の女の子や、幼児とその親がまばらにいる位だった。

(懐かしいな、)

 俺の記憶の中に屋上遊園地で遊んだ記憶があるわけじゃない。でも懐かしい風景だった。小学生の頃に友達と外で遊んでいたころの記憶が何となく呼び起こされたのだ。

「え〜、プリクラないんだここ〜。こういうとこで撮りたかったなぁ」

 少し間をあけて隣のベンチにカップルが座った。彼女の声がでかい。俺の懐かしい気持ちがカップルの声で徐々に剥がされていく感じがして、内心で「うわ、」と萎えた。だが、春の夕方の気候は気持ち良く、俺から立ち去る気にもなれなかった。隣を見るのもなんだかいやらしいと思い、前の小さな男の子見ながら、早く帰ってくんねぇかなぁ、と思っていたら、彼氏の男だけ「じゃあ、俺バイトしてくるわ」と言う。お、帰るぞ帰るぞ、と視線を移すと彼女は「じゃあね〜」とベンチに座ったままてきとうに手を振った。

 一緒に帰らねぇのかよ、と再び前を向くと今度は視線を感じた。間違いなく彼女から見られている。

「しのぶ」

 名前を呼ばれた。俺の名前だ。宮家しのぶ。しのぶっていうどこか女みたいな名前で、俺は嫌いだった。隣を見る。彼女の服を見ると、この辺りにある私立の女子校の制服だった。前髪は真ん中で二つに分けられた、茶髪の長い髪の女子だった。

「あたしだよ。紗夜子。中学まで同級生の」

「紗夜子?」

 紗夜子とは幼稚園から中学校まで同じの幼なじみだった。だったが、高校では離れ、中学で別れてから二年間は何の交流もなかった。お互いの連絡先も知らないのだ。

 今の紗夜子は明らかに高校生デビューをしていた。もっと淑やかな高校だと思っていたが、茶髪が許されていることに驚く。

「背がのびたね」

「まぁ」

 こう時間が空くと何を話していいのか分からなくなるが、紗夜子は何とも思っていないようで、中身のない話をぺらぺらとした。

「しのぶ短髪になったね。わたしは伸びたけど」

「うん」

「部活とか何してんの?」

「ボクシング」

「えっ、すごいモテそう」

「男子校だぞ」

 我ながらすごく一問一答だ。男子校ということもあって、最近ほとんど女子と話したことがなく感覚がよく分からなくなっている。

「ってことはまだドーテーだね」

 俺は女がそういうことを言うのが好きじゃない。なんてお下品な、と思うわけじゃないが、何となく敗北感を味わうのだ。

「お、こういう女嫌だなぁって顔してるよ」

「分かってるじゃねぇか」

「そういう所もドーテーだね」

「お前はどうなんだ」

 わたし? と紗夜子のとぼけた声。お前以外に誰がいるんだよ。

「モテるよ」

 先ほどの彼氏とのやり取りを聞いていれば何となくそうだろうな、と予想できてはいた。

「だよなぁ」

「色んな人と付き合ってるの」

「へぇ」

 会っていない時間が長すぎて別にショックは感じなかった。こういう恋愛もあるんだな、と恋愛経験値ゼロの素直な俺はぼんやり思っていた。

「あれ? こういうのは真実の愛じゃない! とか言わないの?ドーテーは」

「お前ムカつくな。言わねーよ」

 このやり取りで、紗夜子は一見大人しそうだが、話すとよく人をからかってクスクス一人で笑っている奴だったことを俺は思い出した。小学生で隣になった時、最初はからかい方がくどい上にいつまでも笑っているので腹が立ったが、紗夜子には悪気がないことが分かってくると、好きなだけ俺で笑ってくれ、と呆れるような気持ちになったものだ。

「しのぶ、ここに一人できたの?」

「うん」

「厨二&ドーテーだねしのぶは」

 紗夜子は嬉しそうな顔だ。こういう俺が面白くて仕方がないみたいで、こいつのツボは昔からよく分からない。

「お前のツボだろ」

「あははは、うん。わたしが付き合ってる人としのぶ全然違うんだもん。面白くて」

 うるせぇよ、と内心でツッコみを入れると俺は座っている状態からベンチで寝転んだ。空が橙色と薄い水色で混ざっている。寝転ぶと気候で鼻が少しだけスッ、として気持ち良かった。紗夜子はまだ立ち上がらない。

「高校生活楽しいか?」

 何となく聞いてみると、紗夜子は「楽しいよー」と心が入っていない返事をよこした。スマホでも触っているのか、視線を紗夜子に見せると的中で、用事が済んだのか鞄の中にしまった。

「毎日が同じようにガチャガチャして、流れていく感じがね。いちいち止まって考えなくて済むのって楽」

 俺は紗夜子の言葉を聞いて何となく安心した。俺も同じようなことを感じていたからだ。夕暮れの空を見ながら、俺はまた懐かしい感じを味わった。

 同じだな、と空に向かって呟くと、紗夜子は「ドーテーと同じにしないで」と言ってきた。

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