第398話わだかまり


「うん。まさかあそこまで行けるとは思ってなかったんやけど……でも、ちょっと惜しかったな」

と千恵蔵はさばさばした表情で言った。彼女も拓哉と同じように気持ちの切り替えは済んでいる様だった。結果はどうあれ、全ての力を出し切った満足感があるのだろうと僕は勝手に思っていた。


「まぁ、万年市大会止まりの我が校の吹奏楽部からしたら、関西大会の金賞なんて快挙としか言えんだろう?」

昔はそれなりの全国大会まで駒を進めた事もあった我が校だが、近頃はそれも過去の栄光となって久しかった。


「うん。それは吹部の人にも言われた」

と千恵蔵は笑いながら言った。


「そうやろうなぁ」

と僕もつられて笑った。


 さっき聞いたフルートの音色がまだ耳に残っていて、千恵蔵のあっけらかんとした言葉の裏にはそれなりの口惜しさと寂しさがあったに違いないと僕は感じていた。


「でも、あそこまで行ったら変な欲もでるしね」

と千恵蔵は笑ったが、やはりあの結果には納得していないようだった。


「まあ、関西大会でダメ金は悔しいわなぁ……」

と僕もその意見には同感だった。吹奏楽部はあと一歩のところで全国大会を逃した。それで納得できる奴なんかいないだろう。


「うん……吹部の人たちは本気で全国目指してたん。何とか力になりたかったんやけどね」


「いやいや、あの成績は充分力になったと思うで」

と僕は慰めではなく本気でそう思っていた。


「そっかなぁ……でも……」

そう言って千恵蔵は言葉を詰まらせた。


「でも?」


「うん……藤崎君、私たちだけが好き勝手な事してごめんね」

と千恵蔵は少し考えこむように間をあけてから謝った。


「なんや急に? どないしたん?」

僕は驚いて聞き返した。


「うん。『吹部には行かへん』って器楽部に入部したのに、結局三年になって吹部でコンクールまで行ったやん。なんか器楽部の人たちに申し訳ないなぁって……」

と千恵蔵は俯き加減で言った。

どうやら彼女は自分たちだけが吹部に残って、コンクールまで出場した事を気にしているようだった。


「ああ、その事かぁ……そんなん誰も気にしてへんよ」

と僕は首を振った。


「そうなんかなぁ……」

千恵蔵は不安そうな表情で僕を見つめた。


「ああ。だってうちはそういうのはユルイ部活やし、元々吹部との兼部はOKな部活やから大会に出る事も想定内やろ」

これは器楽部なら誰もが知っていることで、新入生の勧誘のための部活発表会でも冴子が言っていた事でもある。


「そりゃそうやけど……」


「うん。第一、器楽部の連中はみんな千恵蔵たちを応援してたで」


「ホンマに?」

千恵蔵はまだ半信半疑のようだ。疑い深い奴だ。



「ホンマやで……だから夏合宿で拓哉に『お前も吹部に出稼ぎに行け!』って冴子も後押したんやんか。器楽部の連中は『吹部が関西大会まで行けたのは千恵蔵たち、出稼ぎに行ったうちら器楽部員のおかげや』とまで思っとるで」

と僕は他の部員たちの気持ちを伝えた。千恵蔵の心配は杞憂であるという事を伝えたかった。


「そっかぁ……なら良かったぁ」

と千恵蔵はそういうとやっと安心できたのか

「ふぅ」

と息を吐いた。


「それを言うんやったら、去年なんか俺と冴子と瑞穂も部活放って個人的にコンクール出たし」

そう。そもそも僕は吹奏楽部でコンクールに出た千恵子たちに対して何かを言う立場にはないし、そんな勝手が許される部活だった。


「そっかぁ」

と千恵蔵は軽く笑った。


「だから、あんまり気にせんでええよ。そんな事」


「うん……そうする」

取り敢えず千恵蔵のわだかまりは少し溶けたかもしれない。

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