第382話放課後の部活 その1

 そして授業が終わって放課後の部活。

今日は全体練習から始まった。

課題曲『弦楽のためのアダージョ』の楽譜が目の前に広げられている。

現在、主だった管楽器担当者がいない器楽部の全体演奏は、しばらくの間この曲に絞られそうだ。


そして今日はこの曲を初めて最後まで通しで演奏する。指揮はもちろんダニーだった。

音楽室の部活用連絡ボードにもこの日の予定に『譜読み』と書かれていた。


 現在の『アダージョ隊』は総勢三十名。

音楽室の後ろ側に一年生が壁際に立って見ている。


 緊張の糸が張りつめたような一瞬の静寂。

ダニーの指揮棒がゆっくりと動き出した。


 音楽室に鎮魂歌(レクイエム)のようにゆったりとファーストヴァイオリンの音色が響く。

一呼吸おいて他の弦楽器が追随する。


 出だしの音の粒はそろっている。悪くはない……が、余裕はない。哀しさよりも何故か演奏者の緊張感が先に伝わってくる。それはそれで微妙な音の流れを生んでいるが、それってどうよ。本来の趣旨ではない。


 でも今までの練習の成果は演奏が進むとそろりそろりと顔を出してくる。

チェロとコントラバスが思った以上に調和している。

流石は哲也だ。コンバスに上手く合わせている。ちゃんと哀しさを下支えしてくれている。


 そして初めての全体での合奏が終わる。


ダニーが顔を上げて

「ブラボー!」

と満面の笑みで両手を広げて言った。

「いい音です。皆さん本当に美しい音を響かせていました。これならみなと神戸にだって負けてません」

と部員たちをおだてた。はっきり言ってとても分かりやすい『おだて過ぎ』だ。


「はぁ、譜読みは緊張するわぁ……」

と僕の後ろのプルトに座っている大二郎が大きく息を吐き出しながら言った。

『譜読み』とは言ったが、言葉通りの『楽譜を読む』と言う意味より、この場合の『譜読み』とは『新しく演奏する曲に慣れるための初めての演奏』のことを言う。


「譜読みって言ったって結構パートでは通しで練習してるやん」

と同じプルトの表の琴葉が呆れたように言った。


「そりゃそうやけど……」

と大二郎は歯切れの悪い返事をした。


「それよりも、あんたぁ、楽譜をめくるタイミング悪すぎ。なんかイラつくわ」

と大二郎は琴葉にキレられていた。そういえばこの二人が並んでプルトで演奏するのは、これが初めてだったかもしれない。


 プルトでは裏の席に座った者が楽譜をめくる場合が多い。海外ではそうとは限らないが、日本のオーケストラではその習慣が徹底されている。


「え? そうなん?」

と大二郎は驚いたような表情で言うと

「ごめん……ダニー先生に合わすので必死やったわ」

と素直に謝っていた。どうやら自覚はあったようだ。


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