第355話心配事

「なんや? なんか真剣な話でもしとったんか?」

と悠一の後ろ姿を目で追いながら哲也が聞いてきた。


「いや。そんな訳でもないんやけどな。ちょっとね」

と僕も悠一の姿を目で追いながら答えた。


「ちょっと?」

哲也が怪訝な顔で聞き返してきた。


「小百合にセカンド任せとぉやん お前らどう思う?」

僕は二人の意見も聞いてみたくなった。


「どう思うって……小百合がどうかしたん?」

と今度は拓哉が聞き返してきた。


「いや、小百合は今度セカンドに行ったやん? だからどうかなぁって思ってんけど……」

と僕は悠一に対して言った言葉をそのまま拓哉にも繰り返した。

他に言いようを思いつかなかった。


「別に本人はそれに関しては何とも思ってないみたいやで」

と拓哉が答えるよりも早く哲也が答えた。


「そうなん?」

僕の心配事の一つ目は杞憂だったようだとほっとしたのもつかの間、哲也が真顔で

「ああ、それよりも……直接聞いたわけやないけど、ちょっと後輩に苦労しているみたいやな」

と教えてくれた。


「え? そうなん?」


――冴子の心配した通りか?――


「まあ、本人から直接聞いた訳でもないから確実な事は言えんけど……島村がなんかそんな事言うとったわ。『後輩になんか気ぃ使こうてるのが良く判る』って」

と哲也は教えてくれた。

悠一が感じていた違和感は、他の後輩たちにとっても共通の認識かもしれない。

どうやら悠一の勝手な思い込み……ではないという事は、はっきりとした。



「そうなんや……敦子がねぇ……」

僕はその話を聞いて恵子が今度のカノンのメンバーに、島村敦子の名前を挙げていたのを思い出した。


「まあ、あの『マリアさん馬鹿トリオ』がおったら気ぃも使うわな」

と拓哉が頷きながら言った。いつの間にか余計な呼び名が増えていたが、拓哉もやはりこの三人の事が気にかかっていたようだ。


「ホンマになぁ」

と僕と哲也もその台詞を聞いて納得した。


「あ、そうや亮平」

と哲也が思い出したように僕の名前を呼んだ。


「なんや?」


「恵子にアンサンブルやりたいって言われなんだ?」


「ああ、さっき頼まれたけど、お前らは?」

と僕は二人に聞き返した。


「俺も拓哉も他の二年メンバーから言われたで」

と哲也が答えた。

悠一の言う通り三年生は全員後輩と組んで演奏するようだ。


「そうなんや……なんか二年生が企んだらしいな?」


「そうらしいわ……だからな……実はな、恵子も小百合の事を結構気にしてるみたいやねん。お前、あいつらとアンサンやるんやろ? ちょうどええやん。それとなく見といたれや」

哲也は二年生の企みよりも、小百合のことの方が気がかりの様だ。


――しかし哲也の口から恵子の話が出てくるという事は、この情報源は瑞穂か?――


 恵子は部活で哲也と絡むことはあまりない。どう見ても瑞穂に懐いている。

僕のこの予想は多分間違いないだろう。

そんなことを思いながら

「ああ、そうやな……そうするわ」

と僕は答えた。


哲也に言われなくても僕はそうするつもりでいた。


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