第334話クロスロード


――まだやんのか?――


と僕が思った刹那、翔は客席に振り向くと同時にギターを鳴らした。

僕の耳に聞き覚えのあるリフが流れた。


 このリフはクリームの『クロスロード』だった。それも1968年のライブの音だ。

彼の崇拝するエリック・クラプトンが在籍していたバンドだ。


 この曲の原曲はミシシッピー・デルタ・ブルースのギタリスト、ロバート・ジョンソンの『クロスロード・ブルース』。彼は『十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにギターテクニックを身につけた』という『クロスロード伝説』と言われる逸話も持つギタリストだ。


 僕は安藤さんの店で何度かこのクリームの曲を聞いた事があった。オヤジも安藤さんもこの曲が大好きだった。

安藤さんがこの曲を僕の目の前で弾いてくれた事もあった。僕にとってもそこそこ馴染みのあるブルースロックだ。


 そして驚いた事にいつの間にか、彼のバンドのドラマーがジンジャー・ベイカーばりのアフリカンドラムのサウンドを叩き出していた。最初からこの曲をやるつもりだったのだろう。


――コミックバンドのくせに何故この曲を知っている?――


 そうだった。彼らはコミックバンドではあったが、テクニックもそれなりにあるバンドだった。

下手では他人の演奏を真似する事は出来ない。

このドラマーは相当上手い。何度かこのバンドの演奏は聞いていてメンバーの技量が高いのは知っていたが、このドラマーのリズム感は驚くほど正確で音がシャープだ。


しかしだ。こんな古い名曲を良く知っていたな。彼らの音楽に対する姿勢を垣間見た気がした。


 この曲はギター・ベース・ドラムスのトリオ編成だったはず。そもそもクリームは三人編成のバンドだ。

翔は完コピでギターを弾いているしドラムも忠実にライブ時のドラミングを演奏している。

ピアノが入るなんて無茶振りにもほどがある。


 確かにピアノは重奏低音を弾ける楽器ではあるが……そうかブルースはバロック音楽なんだ!!……って事は無いな。


 僕はジャック・ブルースのベースラインを思い出しながらも、即興で和音をつけたしながら翔のギターに付いていった。


――だから敢えてベースは入ってこなかったのか?――


 翔はマイクスタンドに向かって歌い出した。

ボーカルもやるらしい。『ボーカルはもうやらない』って言ってなかったのか?


 しかし翔がこの学校のライブでブルースを演奏したのを僕は知らない。

軽音楽部の仲間内ではそんな演奏もあったのだろうか?

コミックバンドの矜持はどこへ行った?!


 僕は観客席を見た。観客は普通に僕達の演奏に身体をあずけてリズムに乗っている。


――そうだよな。普通にこのギターは恰好が良いよな――


翔のファンならこの演奏は大歓迎なんだろう。


と、ここで僕は気が付いた。さっきまでは翔とのデュオだったので翔のギターだけを気にしていれば良かったが、今はトリオでヴォーカル付きのバンドだ。


 ピアノソロはあるのか?

いや、そもそもこの曲にピアノソロは無いだろう?

翔もドラマーもライブ音源を忠実に完コピしている。この場のピアノソロはあり得ない。


 そんな事よりも今はヴォーカルを支えるようにピアノを弾かなくてはと思いながらも

『ジャック・ブルースのベースラインって本当に我儘やな』

とベースラインをなぞりながら僕はそんな事を考えていた。







*クリーム:

1966年に結成されて1968年終りに解散したスーパーバンド。

当時新鋭のプレイヤー ジャック・ブルース(ベース) 、エリック・クラプトン(ギター)、ジンジャー・ベイカー(ドラム)の3人編成。

ブルースロックとサイケデリック・ロックを融合させたサウンドが特徴である。

わずか2年半の活動で世界を席巻し、後続のミュージシャンに多大な影響を与えた凄いバンド。


今でも「クロスロード」は憧れの1曲としてロック小僧にコピーされ続けている。

勿論、作者の私も高校生時代に必死に耳コピして練習した。

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