第326話翔のギター

「なにボーとしてんねん? そんなに俺の歌声に聞き惚れたんか?」

と翔が声を掛けるまで僕は演奏が終わった事に気が付かなかった。

聞き惚れていたとまではいかないまでも、聞き入っていたのは間違いなかった。ちょっと悔しい。


「まさか! クラプトンの渋さの境地にたどり着くにはあと100年早いな」

と内心を悟られないように慌てて言い返すと

「アホか! 100年経った今のクラプトンの歳を追い越すやろが……ってそこまで俺も生きてへんわ」

と言って翔は一人ボケツッコミをして笑った。


 翔はギターを抱えたまま

「ホンマはなぁ、俺はこんな感じのブルースが好きやねん」

とボソッとひとことこぼした。


「ブルース?」


「ああ、ブルースや」


「似合わんな」


――軽薄短小が服を着て歩いているような奴がブルースだと? 笑わせよんなぁ――


「おい、声に出てんど……」

と翔が僕を睨んだ。


「あ!」

僕は慌てて両手で口を押えた。思わず本音が口からこぼれ出てしまっていた。


「それよりも翔ってクラプトン好きなん?」

と僕は話題を変えて話を誤魔化した。


「ああ、一番好きなギタリストや」

翔はそれほど気にした表情も見せずに僕の質問に答えた。


「へぇ……シブいな」


「シブいかぁ?」

ちょっと驚いたような表情で翔は聞き返してきた。


「どう考えてもクラプトンはオヤジ世代やろ?」


「そうかぁ? クラプトンだけないベックとかジミー・ページとかあの辺まで行くと世代は関係ないと思うけどな」


「そっかぁ……そうかもしれんな」

と僕は何故か納得してしまった。

確かに三大ギタリストと言われる面々には世代は関係ないのかもしれない。


 もっともクラプトンにしてもジェフ・ベックにしても僕にとってはオヤジや安藤さんからの受け売りに過ぎないのだが、翔に言われると妙に納得してしまう。


 それにしても翔はJ-POPとか日本のロックには興味がないのだろうか? 翔が率いるコミックバンドではJ-POPもカバーしていたのだが……


そんな事を思っていると

「お前、ライ・クーダーとか知ってる?」

突然翔が聞いてきた。


 クラプトンを弾いた後に何故ライ・クーダーなんだ? とちょっとその翔の感性に疑問を感じたが

「ライ・クーダー?……名前だけは知っとう」

と記憶の糸を辿りながら僕は応えた。


 うちのオヤジが安藤さんの店で『たまにはブルースが聞きたい』と言ってライ・クーダーのアルバムをリクエストしていた。その時に僕は初めてライ・クーダーの洗礼を受けた。その程度の知識だ。


 しかしブルースと言えばB.B.キングだろう? いや、フレディ・キングでもアルバート・キングでも三大キングの誰かの名前ぐらいは出てくるだろう? ブルースに詳しくない僕でもその三人の名前ぐらいは知っている。

それなのにここでライ・クーダーが一番に出てくるなんて……やはり翔はシブ好みをしているな。


もしかしたら翔はオヤジ達と話が合うかもしれない。



――しかしライ・クーダーはスライドギターの方が有名なんとちゃうんか?――


と思ったが、それは言わずにいた。

ここでそんな話題をふったら翔の口からスライドギターやライ・クーダーに関しての蘊蓄(うんちく)を長々と聞かされそうな気がしたからだ。


「へぇ。流石やな。ライ・クーダーはな、俺がギターを教えてもらってた先輩と言うか師匠が好きやってん」

と翔は蘊蓄を語らずにそのままギターの弦を弾いて、出だしから加齢臭が漂ってきそうな見事なブルースを弾き出した。

オヤジ達が聞いたら涙を流して喜びそうな曲だ。やはり一度、彼を安藤さんの店に彼を連れて行こう。


「これな『BIG CITY』って言う曲やねん」

と言って翔は歌い出した。

ライ・クーダーのこの曲を聞くのはこれが初めてだった。


――だからぁ……弾き語りはせえへんって言うたんとちゃうんかぁ?――


 先に歌ったクラプトンでも感じていたのだが、見た目はチャラいが彼の声はブルースが良く似合う。

しかし同世代には全く受けないだろうという事は想像に難くない。

間違ってもこんなガチガチのブルースを、例のコミックバンドで演(や)る事はない。


 でも僕は案外こういう曲は好きだ。かっこいいとさえ思う。

それはオヤジや安藤さんの影響かもしれないが……いや、間違いなくその影響だと思う。


 彼の弾き語りがギターソロになった瞬間、我慢できずに僕は鍵盤に指を落した。

ギターとピアノの音が調和する。絡み合う。

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