第314話 個性的なチェロ
「後はチェロとコンバスね。え~と高嶋喜一君と海江田育美さんね」
と冴子は再び新入部員の名簿を見ながら名前を読み上げた。
名前を呼ばれた二人は同時に返事をして指揮台の前に立った。
冴子は高嶋喜一の顔を暫く見つめていたかと思うと
「哲っちゃん……高嶋君の事よく知っているの?」
と聞いた。
「え? まあ、知っていると言えば知っとうけど……なんで?」
と唐突に聞かれた哲也は不思議そうな顔で聞き返した。
「だってこの入部届に『立花哲也の弟子』って書いてあるんやけど……」
と言って哲也に高嶋喜一が提出した入部届を見せた。
僕も覗き込んでそれを見た。
冴子の言うとおり名前の前に確かに『立花哲也の弟子』とは書いてあったが、それよりも入部届の余白の部分に目を奪われた。
そこにはどう見ても河童にしか見えない生き物が星と花をバックにチェロらしきものを弾いている姿が描かれてあった。ついでに後光の様な線も書き込まれていた。
その河童の様な得体の知れないモノの下に『立花哲也命』と更に訳の分からないひとことが書かれていた。
冴子は笑いを堪えながらその入部届を哲也に渡した。
それをまじまじと見た哲也は
「喜一ぃ……お前何を書いてんねん!」
と叫んだ。
哲也の手に握られた入部届が震えている。
「え? 似てませんか? そのおかっぱな髪型そっくりでしょう?」
と自信満々な表情で高嶋喜一は応えた。
やはりあの河童モドキは哲也の似顔絵だったらしい。
その入部届は哲也の手から奪われ、皆に回され、音楽室を爆笑の渦に巻き込んだ。
ただでさえこの頃いじられキャラが定着しつつあった哲也だが、まさかボケ役の相方まで登場するとは思ってもいなかった。ここに今、お笑い子弟コンビが誕生した。これはまさに神の差配としか言えない。
「おかっぱとちゃうわ! アホ! これはロッド・スチュワートの髪形や!」
と怒鳴っていたが、そもそも『ロッド・スチュワート』を誰も知らんだろうが! それが分かるのは僕と拓哉ぐらいだ。誰も反応できない。残念ながら一昔前のロックスターの事は誰も知らない。
――高嶋喜一は哲也の中学時代の後輩だったのか?――
「第一! お前、なんでここにおんねん!」
と哲也が怒鳴っていた。
「入試に合格したからですよ。決まっているでしょう!」
と哲也のツッコミをどこ吹く風とばかりに高嶋喜一は言い返していた。少し感性に微妙なズレがある。
「そう意味では無くてやなぁ」
と更に哲也の声が大きくなった。
それを横目に拓哉が冷静に
「あいつ、哲也と同じ先生のところにおった奴やな」
と教えてくれた。
「同じ先生のところでチェロを習っていたって事?」
「そうそう」
「へぇ、そうなんや。会った事あんの?」
「一度だけな。そん時も哲也の事を崇拝しとったかならなぁ……」
他に崇拝するものが無いのか? と言いたげな表情で拓哉は教えてくれた。
「それはなんとなく分かるけど……なんかそれを表現する方法が間違っているような気がすんねんけど……」
「確かに屈折しとんなぁ……」
と拓哉は苦笑いしながら言った。
音楽室の笑いが収まると、指揮台の上から冴子が管楽器経験者の新入部員の名前を読み上げ、担当楽器を確認していた。
勿論彼らの希望は今まで一緒に共にしてきた楽器だった。
「それよりも、今名前を呼ばれた管楽器の経験者な……あいつらの内三人は俺の後輩なんや」
と今度は真顔で拓哉は言った。
「え? 三人も国香中の奴らがうちに来たん?」
僕は驚いて聞き返した。
「ああ」
と拓哉は憂鬱そうな顔で応えた。
再び栄と建人の顔が目に浮かんだ。どうやら拓哉も同じ情景が浮かんだようで、ウンザリした表情を見せると首を振った。
その時冴子が指揮台の上から
「それでは皆さん希望楽器の前に集まって下さい」
と声を張り上げた。
僕たちの会話はそこで途切れた。
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