第309話 経験者
次に指揮台に上がったのはヴィオラのシノンだった。瑞穂と同じようにヴィオラを抱えていた。
「ヴィオラのパートリーダー井田忍です。で、これがヴィオラです」
そう言うとシノンはヴィオラを片手で掲げて見せた。
「ヴァイオリンを一回り大きくしたような感じですが、オーケストラなどでは中音部を受け持つ楽器です。なのでヴァイオリンより低い音を出すために箱が大きくなったのです。
弾き方はヴァイオリンとほとんど変わりません。ヴィオラ奏者のほとんどの人はヴァイオリンから転向した人でしょう。実は私もそうです。
なので最初はヴァイオリンの未経験者と一緒に練習をしてもらう事になります。ヴァイオリンよりは地味ですが、ハマればそれなりに面白いパートです。よろしくお願いします」
同じようにその後もチェロの哲也、コンバスの拓哉……と続いて自分の担当パートの楽器を紹介していった。
弦楽器が終わると管楽器を代表して霜鳥俊が指揮台に立った。
「ここからは管楽器の説明になります。今回は二十名の新入部員がいるので、その内の何名かは管楽器になります。ただ、せっかく器楽部に所属して弦楽器に触れないのも勿体ないので、希望者は同時に弦楽器も触ってもらいます……」
一通りの管楽器の説明が終わった後、また冴子が指揮台に立った。
「それでは、皆さんの希望を聞く前に経験者の方は手を挙げて下さい。弦楽器・管楽器ともです」
すると十名ぐらいの生徒が手を挙げた。
「結構いますね。それでは弦楽器はこちらに・管楽器はこちらに来てください」
と冴子は指揮台を中心に左右に経験者を分けた。
弦楽器が六名、管楽器が七名だった。
「弦楽器も管楽器も、案外多いな」
と哲也が僕の耳元で小声で言った。
「うん、俺もそう思ったわ」
と僕も小声で応えた。
思った以上に弦楽器の経験者が多かったのは嬉しい誤算だった。
それ以上に意外だったのは管楽器経験者だ。経験者はそのまま吹奏楽部に行くと思っていたのだがそうでもなかった。
七名も経験者が器楽部に流れ込んでくれた。あとで吹奏楽部の奴らに嫌味の一つでも言われることを覚悟しておいた方が良いかもしれない。
栄と建人から拓哉が嫌味を言われている光景が目に浮かんだ。
――ご愁傷様やのぉ……拓哉――
「それじゃあ、弦楽器の人! ヴァイオリン経験者は……」
と冴子が入部届を捲りながら聞くと三名が手を挙げた。
その中に冴子の弟悠一も勿論居た。
音楽室が一瞬ざわついた。
誰もヴァイオリン経験者が三名もいるとは思ってもいなかった。
「ヴァイオリンはちょっと音を聞いてみたいなぁ……」
と瑞穂が言った。
「え? 今?」
と冴子が驚いたように聞き返した。
「うん。できればね。後でも良いけど……」
と瑞穂は冴子の顔色を窺いながら遠慮がちに言った。
一瞬、冴子は瑞穂を見つめていたが
「そうやね、一度弾いて貰おうかな……じゃあ、あんたから」
とさほど気にするそぶりも無く悠一を指名した。
「はい」
と返事をして悠一は冴子の前に立った。
最も緊張しそうなトップバッターに弟を指名するとは冴子らしいなと思ったが、それを当たり前のように受け止める悠一の自信も凄いなと二人のやり取りを見て密かに感心していた。
「名前は?」
と冴子は聞いた。
それは聞いたというよりも『ちゃんと名乗らんか!』という叱責を含んだ口調だった。
「あ、鈴原悠一です。よろしくお願いします」
と慌てて名乗った。
部員の数名がぼそぼそと小声で話し合っている。
すかさず瑞穂が
「え~と知っている人もいると思うけど、彼は部長の弟です」
と笑いながら言った。
どうせ後でわかる事なので、先に言っておいた方がすっきりする。いい対応だと思う。
更に瑞穂は
「日頃、部長に絞られているてっちゃん、弟君に仕返しの矛先を向けないようにね」
と哲也に釘を刺していてオチをつけていた。
「そんな事誰がすんねん!」
と哲也は反論していた。
音楽室は笑いに包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます