第三部 新学期
第297話 久しぶりの顔
この四月、僕は三年生に進級した。もちろん最上級生となったという自覚なぞ全くない。
宏美とはまたもや同じクラス。三年間ずっと一緒だ。これは嬉しい。
ちなみに哲也と美乃梨ともそのまま同じクラスだった。それはそれなりに嬉しい。
基本的に選択が同じなのでクラス替えと言っても同じクラスになる確率は高い。冴子と瑞穂は選択科目が違うので同じクラスになる事は無い。
で、何故か二年生で違うクラスになった和樹とも再び同じクラスになったのは正直に言って笑った。
朝一に席に着くと不意に肩をポンと叩かれてた。振り向くとそこに和樹がいた。
またこいつと一緒か! これはちょっと鬱陶しいかもしれない。
とはいうものの一時限目が終わり僕と和樹は、机を挟んで久しぶりに昔のように話をしていた。
そこへ突然僕の机の上に両手を勢いよくついて
「藤崎ってピアノを弾いている藤崎やんなぁ」
と話掛けて来た奴がいた。
「はぁ?」
と言って見上げると、そこに少し赤みがかった髪の毛をした細身の男子生徒が、机に両手をついたまま僕の顔を覗き込むように立っていた。
「多分そうやと思うけど、お前は?」
と僕は聞き返した。
初対面で馴れ馴れしい奴だと少し面食らったが、どっかで見たような気がしていた。まあ、同級生なら学校のどっかで会っていてもおかしくはない。
「俺? 俺は弓削。この和樹と一緒に軽音でバンド組んでんねん。知らんか?」
と僕の向かいに座っていた和樹の肩に手を置いて言って笑った。その笑い顔に嫌味なものを全く感じなかったので、さっき少し感じた嫌悪感は消えた。
和樹は二年生になって僕が器楽部に入部したのと同じくらいの時期に、軽音楽部に入部していた。そしてこの弓削を含めて何人かでバンドを組んでいた。彼らの演奏は今まで何度か目にした事はあった。
――だから見覚えがあったんかぁ――
と一人納得しながら
「ああ、例のコミックバンドのメンバーね」
と僕は笑いながら言った。
「いや、コミックバンドをやっているつもりは全くないんやけど……どちらかと言えばビジュアル系なんやけど……」
と弓削は苦笑いしながら否定した。
「誰がコミックバンドやねん」
と和樹がツッコんできた。ツッコミがワンテンポ遅い。ここは素早くツッコんでもらいたかった。やはり暫く見ない内にノリとツッコミが甘くなっている。
こいつにはこれから毎日同じクラスで教育してやらんとダメなようだ。
それはそれとして取りあえず
「え? ちゃうんか? ビジュアル系コミックバンドか? 案外細かいな。まあ、コミックバンドである事には変わりはないんやな」
と自分たちの事を分かっていないこの二人に、校内でのバンドの正しい評価を伝えてあげた。彼らが自覚しようとしまいと校内での評価はこんなもんだった。
弓削はちょっと考えて
「いや……ビジュアル系だけのつもりやってんけど……そう言われてみれば、その要素はあるかもしれんなぁ……」
としみじみと呟いた。
「おい! 翔! お前、それを認めるかぁ……?」
と和樹が今度は外さずにツッコんだが、言葉尻が何故か自信なさげな声に聞こえた。彼にもその自覚は少しはあるようだ。
「うん。確かにウケ狙いの演奏は結構やっているような気がする……」
と弓削が頷いた。改めて確認したようだった。
「そう言われれば確かに……」
と和樹も思ったより早く陥落した。やはり身に覚えがあった様だ。
「まさか本気で正統派ロックバンドとか思ってた?」
と僕は真顔で聞いた。
「ちょっと……」
と和樹は言い淀んだが、本気でそう思っていたようだ。勘違いも甚だしい。
「それは大きな間違いやな」
と僕はもう一度、今度ははっきりと訂正してあげた。ここは友人としてもはっきりと指摘しなければなるまい。
彼らの演奏はそれなりにまとまりもあったし人を食ったようなアドリブやMCが面白くて、それなりに校内では人気があった。僕も彼らの演奏を聞くのを少し楽しみにしていた生徒の一人だ。でもそれをこの場で言うのは止めておいた。
和樹のギターテクニックが思った以上に巧かったので、初めて彼らの演奏を聞いた時は正直言って驚いた。
実は僕が初めてギターを手にしたのは中学校時代で、彼と一緒にギターを覚えた。ただすぐに飽きた僕と違って彼はそれからも真面目に練習していたようだ。
なので単に笑いを取るだけのバンドではなく、それなりに演奏は上手かった。逆にテクニックがあるからこそ、笑いも取れたともいえる。
ただ、たまにあまりにもディープ過ぎるネタでスベっている事があった。元ネタを知っている人間には面白いのだろうけど、知らない人間からしたら『なんのこっちゃ?』で終わる。
そう、たまにそういう黒歴史を生み出していたが、概ね見ていて楽しい演奏だった。
で、この弓削翔と言う男。確かそのコミックバンドのヴォーカル兼ギターだったような気がする。
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