第282話 役員発表
千龍さんは大きく息を吸い込んで一呼吸してから
「え~、それでは皆さん! 器楽部恒例、次期役員の発表をします!」
と叫んだ。
「それっていつから恒例になったんや?」
と石川さんのツッコミがお約束のよう入った。
「勿論、今日からや」
千龍さんが真面目な顔で応えた。いつものボケツッコミはここに来ても変わりはない。
音楽室に乾いた笑い声が響いた。
しかし恒例であるかないかは別として、部員全員がそれを待っていたのは間違いない事実だった。
「では、まず部長……鈴原冴子」
千龍さんは勿体ぶらずにさっさと発表した。
「は、はい」
と返事をして冴子は立ち上がった。緊張のためか顔が強張っているように見えた。前もって内示は受けていたんだろう。それも多分、今日言われたんだと思う。なんとなくそんな気がした。
音楽室がどよめいた。でも大方納得のどよめきだった。
多分部員のほとんどがそれを予想していたし期待していた。
「独裁政治が始まりそうやな……」
と呟いたのは哲也だったが、何故か僕が冴子に睨まれた。僕は慌てて首を横に振った。
「次、副部長 結城瑞穂」
「はい」
と瑞穂も冴子と同じように返事をしてから立ち上がった。
また音楽室が同じようにどよめいた。
でも、僕は妥当な人事だと思っていた。多分皆そう思っているんだろう。この二人ならどちらが部長でも納得できた。ただ押しの強さなら冴子で面倒見の良さなら瑞穂だというところだろう。
千龍さんはそれを察していたのか、二人を交互に見てから
「はっきり言ってこの人選は迷いました。どちらが部長をやってもうまくやっていけそうな感じがしてました。この三人でもなかなか結論は出せませんでしたが、最後は僕が決めました」
と説明してくれた。
「では次に会計 瀬戸千恵子」
「はい」
千恵蔵は小さな声で返事をした。そして伏し目がちに立ち上がった。
今度は音楽室にため息が零れた。
確かに彼女はしっかりしているし余計な事は言わないし正義感も強そうだし、言われてみれば適任だと思うのだが誰も予想していなかった。それだけ影が薄い存在だった。
愛想が悪い訳でもなくちゃんと会話は成立するが、本当に余計な事は言わない女子だった。
部員たちの反応を見ながら千龍さんが
「もしかしたら亮平とか哲也とかが部長に選ばれるのではないかと思った部員もいると思うけど、それだけは全く考えてなかったからな」
と苦笑いしながら言った。
すかさず哲也が
「なんでですかぁ? あんなに最初から頑張ったのにぃ」
とワザとらしい不満をぶつけた。
「アホ。お前らにこの部を任せたら器楽部が違う何かになってしまうやろうが!」
と千龍さんはひとことで哲也の文句を跳ね返した。
「違う何かって何ですかぁ?」
と意外そうな顔で哲也が聞き返した。彼も予想もしなかった千龍さんの切り返しだったようだ。
「アニメ同好会とかやな」
と口元を緩めながら千龍さんが言った。
「え、なんでそれを……」
僕と哲也と拓哉は同時に同じセリフを吐いた。千龍さんにはお見通しだったようだ。
「お前ら三人、この頃アニソンしかやってないやろ!」
「え? ばれてましたか?」
と哲也がばつが悪そうに応えた。
「当たり前や! アニソンが悪いとは言わんが、もっとまじめにやらんかい!」
と千龍さんは苦笑いしながら言った。確かにこの頃はそんな曲しかやっていなかった。千龍さんには見事にばれてしまっていた。
「……さて、アニヲタの相手はもうええわ。気を取り直して、新しい部長からひとこと」
と僕達をさっさと見捨てた千龍さんは冴子に挨拶を促した。部員から失笑が漏れた。自業自得とは言え僕たちはアニヲタでくくられてしまった。
「ただ今、部長を指名された鈴原冴子です。まさか私が部長に指名されるとは思ってもいませんでしたので戸惑っています。まだ実感はありませんが、指名されたからにはご期待通り、アニヲタの哲っちゃんにだけは独裁専制政治で臨みたいと思います」
と冴子はよどみなく挨拶をした。
皆笑いながら哲也を見ていた。
冴子らしい挨拶だと思いながら僕はそれ聞いていた。この貫禄と威圧感は既に部長級である。
「では副部長!」
「はい。副部長に指名された結城瑞穂です。専制君主の鈴原さんと一緒にこの部を盛り立てていきますので、皆さんよろしくお願いします」
と瑞穂も卒なく挨拶をこなしていた。
それを聞いて
「これからの一番の課題は?」
と拓哉が叫んだ。
間髪入れずに瑞穂は
「アニヲタ哲也の蚤の心臓をどうにかする事です」
と答えた。
音楽室が再び笑いに包まれた。
哲也が何か喚いていたが誰も聞いていなかった。ただこの日で哲也が卒業するまで『いぢられキャラ』である事が確定したなと僕は確信した。
「では次、蚤の心臓」
と千龍さんが哲也にふった。もう完全に哲也は『いぢられキャラ』と化していた。
「はい、何も指名されなかったアニヲタです……ってなんでやねん!」
と哲也は叫んだ。
その叫びは部員の笑いを誘っただけだった。
今日の哲也はテンションが高い。多分彼なりに場を盛り上げようとしているのだろう。それが彼の三年生に対する恩返しだというのはすぐに分かった。
ただ、その行為は彼の『いぢられキャラ』という立場を確固たるものにしているだけだった。もちろん哲也はそんな事は気が付いていないだろうが……。
「あ、ごめん。つい余計な色物に関わってもうたわ。じゃあ、お口直しに瀬戸」
と千龍さんは笑いながら瀬戸を指名した。
「千恵蔵!!」
と早崎陽一と霜鳥俊が叫んだ。なんだか彼らはとっても嬉しそうだ。
そう言えばシモとハヤンと千恵蔵の三人は仲が良かったなと思い出した。
「はい。会計を指名された瀬戸千恵子です。何故私が選ばれたのか分かりませんが、せっかくの機会ですので頑張りたいと思います」
と千恵蔵は小さいながらはっきりとした口調で挨拶を終えた。そしてハヤンとシモと目を合わせて小さく笑った。
千龍さんは部員たちをゆっくり見渡すと
「で、コンマス……いやコンミスは結城瑞穂」
と言った。
部員からは「ほぉ」とため息とも何とも言えない声が漏れた。
僕もこのまま冴子がコンマスに着くものだと思っていたが違った。
今年冴子はヴァイオリンでコンクールに挑戦するはずだ。それも三年生は考慮して決めたんだろう。僕はなんとなく千龍さんらしい決定だと思った。
「そのほかパートリーダや他の役職者は後で資料を配るからそれを見ておいて欲しい」
と言って千龍さんは話を締めくくった。
部員全員が
「はい!」
と応えた。
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