さよならコンサート
第271話 彩音さんと僕
三学期が始まってすぐに新春コンサートが組まれていた。
三年生と一緒に演奏する機会はこれが最後だ……何気に寂しい……というか、それ以前にこの時期に及んでも部活に勤しみ励む三年生ってどういうことだ?
もっとも三年生は彩音さん以外、既に推薦で年末までには進学先が決まっていた。彩音さんだけは本命を目指してまだ受験勉強と受験練習真っただ中だったが、皆の心配をよそに本人はそんな事を意に介することもなく参加すると決めていた。
今回のコンサートは本来授業が終わった後に卒部会を兼ねた演奏会を部員だけでやるつもりだったのが、折角だからと器楽部と吹奏楽部の有志による合同の演奏会となった。
昔々、廃部になる前の器楽部と吹奏楽部は仲が良かったらしいが、その伝統は新しく生まれ変わったこの新生器楽部にも見事に引き継がれたようだ。
受験シーズン真っただ中に、こんな演奏会にわざわざ聞きに来るような緊張感の無い三年生はほとんどいないだろうと思っていたが、案外講堂には多くの三年生がノコノコと詰めかけて聞きに来ていた。
どうやら現実を直視できない暇人あるいは逃避者が沢山この学校には存在するようだ。いや、こんな時にさえ僕たちの演奏を聞きに来てくれる心優しい先輩たちだ。もちろん三年生だけでなく他の在校生や先生方も聞きに来てくれていた。
で、目の前に彩音さんがいる。
ステージの上には既にオーケストラの楽団員が全員スタンバイしていたが、指揮台の隣に置かれたピアノの前で僕たち二人だけにスポットライトが当たっていた。
今回のコンサートの僕と彩音さんの演奏で始まる。
――彩音さんは受験勉強はしなくて良いのか? 完全に受験オンシーズンだぞぉ――
と心配になったが、そもそも彩音先輩が僕の成績を心配はする事があっても、自分の学業を気にかける必要はない。彩音さんはヴァイオリンだけでなく学業の成績も優秀だった。
そう僕が彩音さんの心配をするなど、おこがましい上に余計なお世話というものだ。それでもやはり心配してしまう。
「案外三年生も来てますね」
僕は観客席に目をやりながら彩音さんに声を掛けた。
ヴァイオリンを肩に乗せて音合わせが終わったばかりの彩音さんも観客席に目をやり
「そうやね。みんな余裕あるんやね」
と感心したようにそして少し呆れたように笑った。
――あんたがそれを言う?――
と僕はツッコミを入れたかったが流石にその言葉を口にする事は無かった。
黙って観客席に目をやっていた彩音さんは振り返り
「亮平君、準備は良い?」
と声を掛けてきた。
「はい」
と僕は頷いた。
彩音さんは満足そうに軽く微笑むと弓を構えた。弓はスッと静かにヴァイオリンに寄り添った。
冴子と違って一つ一つの所作が優雅だ。
一瞬の間をおいて彩音さんの瞳から微笑みが消えた。
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