クリスマスの演奏会
第237話 鈴原家の屋敷
いつの間にか今年も神戸の街にはクリスマスシーズンがやってきていた。
いつの間にかルミナリエで賑わっていたはずの旧居留地は、既にクリスマスセール一色になっていた。
そんな街の風景とは無関係なオーケストラ参加の部員たちは期末試験が終わってからというもの、ほぼ毎日が練習漬けの日々だった。あのユルイ部活はどこへいった!?
そして終業式の前日での定期演奏会が終わったと思ったら、クリスマスイヴは冴子の家……と言うか鈴原家の屋敷で演奏会が予定されていた。
冴子の家はとてつもなく広い。江戸時代から続く豪商の屋敷だ。明治以降は財閥と言っても良い。
そしてこの屋敷は神戸に住む外国人達のサロンでもある。定期的に行われる神戸在住の外国人達の歓談の集いの場所が鈴原家のサロンだった。もう百年以上もそれが続いている。敷地の中央に建つサロンがある洋館も築百年を超えている。異人館目当ての観光客はこの敷地内に勝手に入る事は出来ないので、ここに洋館がある事はあまり知られていない。
そして外国人たちが集うサロンは優に二百人ぐらいが入れそうな大広間だったりする。
この神戸在住の外国人たちのクリスマスパーティーに僕達のオーケストラが呼ばれた。
勿論その場で演奏するためだ。
冴子の父親も祖父も僕たちの高校のOBだ。このクリスマスパーティーの場で僕たちが演奏することになったのは必然的な事だともいえる。
故に吹奏楽部との合同練習はこのコンサートの練習もやらなくてはならなくなった。
これが期末試験後のハードな練習の主な原因だった。
勿論器楽部の演奏メンバーは二年生と三年生がほとんどで、夏前に入部した一年生は何とか参加出来ているようだった。
パーティー当日は思った以上に早くやってきた。
ただでさえ練習時間が少なかった上に期末試験もあり全体練習も満足にできたとは言い難かったが、数少ない人前での演奏機会だったので僕達は異常な集中力を持って練習に励んでいた。
その日の昼前には、楽屋として割り当てられた部屋に部員たちは集合して各々準備をしていた。
何故か男子生徒は黒服の執事姿・女子生徒はゴシック風メイド姿でのいで立ちだった。
「なんでこれなん?」
と僕は割り当てられた制服に着替えてから拓哉に聞いた。
「何が?」
と拓哉はクロスタイにピンを差しながら素っ気なく聞き返してきた。
「いや、だからなんでこの格好なん?」
「知らん。俺が知る訳ないやろ」
素っ気ない答えだった。彼にとってこの格好は全く気にならないようだった。疑問すら湧いていないようだった。相変わらず無頓着な奴だ。
「何か知らんけど、彩音先輩の発案らしいで」
と話しに割り込んできたのは建人(ケント)だった。彼もすでに執事姿に着替え終わっていた。
「なんでお前がここにおるねん?」
と拓哉が眉間に皺を寄せながら絡んだ。
「演奏するために決まっとるやろが! 頭悪いんちゃうか?」
と北田建人は拓哉を高さ5mあたりから見下したように答えた。
例の第二音楽室でのにらみ合いから僕は建人と何かと話す様になっていた。彼は僕や哲也とは話す時は穏やかな良い奴なのだが、拓哉と話す時だけはどこかに険のあるあの日の口調のままだった。
吹部の部長宮田栄に言わすと「あれは元々そう言う関係。ただ単にじゃれ合っているだけ」との事だったので、僕達もそれを聞いてからは気に留める事もなく二人のじゃれ合いに口出しをする事は止めた。
そう言うのもあって僕は拓哉と建人とのじゃれ合いは適当に流して
「それって誰に聞いたん?」
と聞き返した。
「お宅の部長が言うとった。その黒服はなんか漫画かアニメの影響らしいって」
と建人は答えた。
僕的には彩音さんの発案と言うだけで全て許せてしまう。
「ふぅん。じゃあ、メイド服は?」
「あ、それは石橋さんの趣味」
と軽くひとことで流されてしまった。
それを聞いて哲也が呆れたように
「そんな理由だけでこんなに制服用意したんかぁ?」
と、彼も会話に割りこんできた。
――それ以前にこれを選んだ石橋さんの趣味を突っ込めよ――
と、僕は思ったが口には出さなかった。石橋さんは厳つい見た目とのギャップが激しい。本人に直接詳しく話が聞きたいと思うのだが怖くて聞けない。できれば哲也に今すぐにそのまま石橋さんに聞きに行って貰いたいぐらいだった。そして耳元で『なんで萌えなんですか?』と囁いて欲しかった。
「なんか冴子の家には元々あったもんらしいわ」
と建人は応えていたが、それは僕も知っていた。
そもそもこの鈴原家には執事やメイドが存在する。僕も小さい頃からその人たちとは顔なじみだったりする。平気で二百人ぐらいの人を呼んでパーティーできるような屋敷だ。
メイド服や黒服のたかだか五十や百があったところで不思議ではない。
「文化祭の模擬店に借りれるな」
哲也が建人の言葉に乗っかる様に話を続けると
「誰が貸すか!」
と、唐突に冴子の声がした。
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