第223話瑞穂


「まあな、ところで水岩って高校になってからヴァイオリン始めたんやんなぁ」

と話題を変えた。


「え? あ、はい。そうです」


「その割には上手いよなぁ。弓指もちゃんと返っているし、スピッカートもできているようやけど、マルトレは?」


「はい。上半弓なら何とか……」


「へぇ……やってんのや……そりゃあ、上達早いわ」

 僕はこれまで部活で後輩にヴァイオリンを指導した事が無かったので確認のために聞いたのだが、思った以上にレベルが高かったので内心驚いていた。

 

 彼女はまだ入部して半年足らずのはず。他の一年生もこんなものか? 確かに昨日の一年生の演奏はしっかりと音が出ていた。弓の返しもスムーズにできていた。


「ほとんど結城さんが、つきっきりで教えてくれてました」


「え? 瑞穂が? そうなん?」


「はい。一年生は清水さんと結城さんがほとんどつきっきりで教えてくれました」


「ホンマに?」

僕はもう一度聞き返した。


「はい」


「千龍さんとか忍は?」


「勿論、お二方も指導してくれましたけど、清水さんと結城さんが『ヴァイオリンは私たちの担当やから』と言ってほとんど毎日見てくれていました」

と水岩恵子は答えた。


 僕はそれを聞いて驚いた。琴葉はまだ理解できるが瑞穂は僕と同じようにその時期、コンクールの真っただ中だったはず。だから僕や哲也もコンクールメンバーは部活よりもコンクールに向けての個人練習を許して貰っていたのに……瑞穂はその間も自分の練習時間を割いてまで後輩に教えていたのか……。そんな状態で全国に行ったのか? だからコンクールで特別賞で終わったのか? いや、それもでも特別賞を取ってしまったのか?

どちらにせよ。僕は瑞穂と言う人間の責任感の強さと言うか情の深さと言うか、瑞穂の人間性を垣間見たような気がした。僕の視線は自然と教室の窓際の席で後輩に教えている瑞穂を捕らえていた。


――そういえば、コンクール中からあんまり話をしていないなぁ――


という事に気が付いた。


「何度か『コンクールの練習に専念してください』ってみんなで言ったんですけど『大丈夫、大丈夫』と笑って結局ずっと練習を見てくれていました」


「だから実はみんなとっても申し訳ない気持ちで一杯なんです。私たちに時間を取られなかったらもっと上位に食い込めていたのではないかと思うんです」

と水岩恵子は目を見開いて僕に語った。


「う~ん。それはどうか分からんけど、そう思うのも無理はないなぁ。実は俺も今同じことを思ったからなぁ」

と言いながらも僕は瑞穂の姿を眺めていた。


「ですよね。だから一年生はそれに報いるためにも今必死で練習しているんです」

 僕が昨日の合同練習で感じた第二ヴァイオリンの成長ぶりは錯覚ではなかったようだ。彼、彼女たちは瑞穂の気持ちに応えようと必死に練習したのだろう。その成果が吹奏楽部の連中が受けた衝撃の原因の一つでもあったかもしれない。



 僕の視線に気が付いた瑞穂が

「亮ちゃ~ん!!」

と弓を振った。


「お、おう」

と僕も同じように弓を立てて応えた。まさか瑞穂が僕の視線に気が付くとは思っていなかったので少し慌てた。


「恵子ちゃんの事、よろしくねぇ」

と明るい声で瑞穂は言った。


「へ~い」

と応えたが、僕に瑞穂ほど後輩の事を考えて教える自信は無かった。ただ、瑞穂の期待には少しは応えてあげようとは思った。



 それ以降、日々の部活ではほとんどヴァイオリンしか弾いていなかった。日に日に上達する後輩を見て、僕も瑞穂の気持ちが少し分かるような気がしていた。それと同時に僕もヴァイオリンの勘を取り戻してきた実感みたいなものを感じるようになってきた。


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