第165話 新入部員
「なんや? 遅いぞぉ……?」
と千龍さんが声を掛けたが、後ろに続いて入って来た三人を見て声が尻つぼみになった。どうやら千龍さんにも見覚えのない学生の様だ。僕は一瞬、僕が田舎に行っている間に入部した新入部員かと思ったがそうではないようだった。
四人は千龍さんが座ってる椅子の前まで黙ってやってきた。
音楽室の部員視線はこの見知らぬ三人に集中した。
「千龍さん。入部希望者なんですが……」
と篠崎が口を開いた。
「ほぉ。そうなんや。パートは?」
千龍さんは驚きながらも嬉しそうな顔で聞いた。
「クラリネットとオーボエとフルートです」
と言って篠崎が二人を紹介した。
「クラリネットはこっちの霜鳥俊でオーボエが早崎雄一です。で、瀬戸智恵子がフルートです」
この三人は僕と同じ二年生だった。
「え? 全員、管楽器かぁ?」
と千龍さんはまた驚いたようだった。
他の部員も「ほぉ」とため息にも似た声を上げた。
千龍さんは座ったまま三人を見上げると
「吹部には入らんかったんや? 経験者なんやろ?」
と聞いた。
口を開いたのはクラリネットの霜鳥だった。
「はい。中学の時は吹部でしたが、高校に入ってからは篠崎と早崎と一緒に市民オーケストラに所属してました」
と説明した。
千龍さんはそれを聞くと一呼吸おいて
「いや、だからなんで吹部にはいらなかったんか? って聞いているんやけど……まさか、ホンマに市民オーケストラ入るために吹部入らなかったっていう事ではないよな?」
ともう一度聞いた。
三人は互いの顔を見合わせた。明らかに答えにくそうな感じだった。
それを察したように篠崎拓哉が彼らに代わって答えた。
「うちの吹部が下手やからですよ」
音楽室に居た部員からは「直球やなぁ」という声と共に微かな笑い声が漏れた。
早崎は苦笑いしながら
「そこまでは言ってませんけど…」
と付け加えた。
千龍さんは
「まあ、大方そんな理由だと思ったけど……いや、つまらんことをしつこく聞いて悪かったな」
と謝ってから
「もしかして三人とも国香中か?」
と確認するように聞いた。
「はい。篠崎と同じです」
と早崎が答えた。
「そうかぁ……あそこにいたんじゃなぁ……うちの吹部はぬるま湯かもしれんなぁ」
と千龍さんは納得したように軽く頷いたが、何故か残念そうな表情にも見えた。
しかしすぐにその表情は打ち消して
「兎に角、うちに来てくれてありがとう。歓迎するわ」
と言って立ち上がった。
そのまま三人と握手をすると
「うちの部はユルイが、ぬるくはないぞ」
と三人に小声で言った。
「え?」
と霜鳥が聞き返した。
「うちの部は経験者が多いから、基本的には自己管理や。だからしばりはなんもないねんけど、自己管理ができひん奴は何のためにここにおるのか分からんようになるからな」
千龍さんは三人にそう言った。
「それなら大丈夫です」
と早崎が答えた。
「そっか。それならええねんけど。篠崎、先生には言うたんか?」
と千龍さんは早崎の答えに納得したようで、篠崎に声を掛けた。
「はい。さっきここに来る前に職員室で先生に面通ししました」
「そっか。じゃあ……って……楽器は持ってきているみたいやな」
と千龍さんは彼らの楽器に目をやった。
「はい。あそこではマイ楽器がないとコンクールメンバーにはなれませんから」
と篠崎は苦笑いしながら答えた。
「さすがやな……ほな、取りあえず三人は清水のところに入って貰おうか?」
と千龍さんは篠崎の言葉に感心したように頷いて琴葉を見て言った。
「え? うちですかぁ?」
清水琴葉が驚いたように声を上げた。彼女は全く予想していなかったようだ。
「そうや」
千龍さんは笑いながら答えた。琴葉の表情が余りにも大仰だったので思わず笑みがこぼれたようだった。
「分かりましたぁ」
しかし、彼女は元気な声で返事を返すと立ち上がって、管楽器の三人に
「よろしくぅ」
と声を掛けた。
琴葉の勢いに押されたのか、管楽器の男二人は小さい声で
「よろしく」
と応えた。瀬戸千恵子は軽く頭を下げて挨拶していたが最後まで無口だった。
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