第120話 トリオ

 二人の存在を忘れてそんな事を考えていた僕は、瑞穂の声で現実に引き戻された。

「だから、女子高生とチマチマ下手くそコミックバンドを組むぐらいなら、この三人で組んだ方が絶対に良いやん。そうは思わへん?! 藤崎君! どう?」

最後は力を込めて詰め寄る様に言ってきた。


 それは同意を求めるというより、それ以外の答えは許さないという脅しのようなもんだった。

僕はその気迫に押されるように横目で哲也を見た。


 そう言えば彼を知ったのは二年生になってからだ。同じクラスになって初めて彼と出会った。

彼とは七十年代のロックの話が共通の話題だった。

ロッドスチュワートみたいな髪形をしていたのでそれを指摘すると、嬉しそうに『分かるか?』と言って笑っていた。


 今時ロッドスチュワートも渋すぎる趣味だが、髪型まで真似をするとは……。

お互いがオールディーズファンという事で彼とは話が合った。


「哲也、バンドを組まんでもフォークソングとかどうや? 拓郎がお前を呼んでんで」


「いや、全然呼んでへん。空耳でさえ聞こえん」

哲也は間髪入れずに否定した。


「かまやつは?」


「だから誰も俺も事は呼んでいないっていうとるやろが!」


 これ以上哲也をいぢると本当にキレそうだったの止めた。

でも彼のリアクションはいぢり甲斐がある。また機会があったら是非いぢらせてもらおうとこの時心に決めた。


 僕は話題を変えようと

「そうやな。俺もこの前、この子と一緒にやって楽しかったしな」

と瑞穂をチラッと見てからそう言った。


「この子とか言うのんは止めて。他人みたいやんか。瑞穂って呼んでよ」

と瑞穂はちょっと眉間に皺を寄せて言った。

これはこれで瑞穂の琴線いや逆鱗に触れてしまったようだ。


「あ、ゴメン。そういう訳ではなかったんやけど……じゃあ、これからは瑞穂って呼ぶわ」

僕は慌てて謝った。


「うん、そうして。私は亮平……う~ん、亮ちゃんって呼ぶね」

彼女はそう言って笑って手を差し出した。

僕は瑞穂と握手をした。同級生の女子と握手なんか変な感じだが、ちょっと新鮮だった。


「これで決まりね。この三人で今日からバンド組むのよ。ええよね」


――これってその握手か?――


 結局、僕はやるともやらないとも言えずにバンドを一緒に組む事になった……というか軽音楽部に入部する羽目になったようだ。


「じゃあ、入部届けは私が出しておいてあげるから……で、なにやるの?」

瑞穂は早速、楽し気に聞いてきた。哲也のためと言いながら、もしかしたらこのトリオをやりたがっているのは瑞穂ではないのだろうか?


「本当にラフマニノフやんのか?」

哲也が聞いてきた。

「ここは明るくモーツァルトとか」

僕も哲也と同じように答えた。


「待って! やっぱり最初の曲は私が決めるから。明日まで待って。あんたらまだクラシックの呪縛から解けてへんわ!」

 瑞穂は僕達の意見が気に入らなかったようで、自分から聞いてきておきながらあっさりと前言を撤回した。


「あんたらはバンド名でも考えとって」

そういうと瑞穂は踵を返して僕たち二人を置いてさっさと自分の教室帰っていった。


 その後姿を見送りながら僕は哲也に聞いた。

「なあ、瑞穂ってお前の彼女か?」


「……ちゃう」


「でも、お前のこと本気で心配してんぞぉ」


「ああ……幼馴染や……腐れ縁っていうやつや」


 哲也にその腐れ縁というのが一番怪しいんだと教えてあげたくなったが、それには僕と宏美の話をしなくてはならなくなりそうだったのでやめた。


 それはそれとして僕はこの二人とトリオを組む事になったのがまだ実感として湧いていこなくて、気持ちの整理がついていなかった。


でも何故か楽しそうな予感もしていた。


――ま、良いか――


結局、僕はこうやって他人に振り回されることが、それほど嫌いではなかっ多様だ。


少し明日が楽しみになった。

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