第117話 勧誘
そんなくだらん事を言っている間に僕達は校庭の自販機の前にやって来た。
僕は自販機のパックに入ったフルーツ牛乳を選んでボタンを押した。缶コーヒーを飲もうと思っていたがここに来て気が変わった。
「ゴト」という音がしてパックが取り出し口に落ちてきた。僕はそれを中腰にかがんで取り出した。
取り出しながら
「お前ってなんの楽器やってたっけ?」
と哲也に聞いた。
「チェロ」
哲也は自販機のボタンを押しながら答えた。
「チェロ?……似合わんなぁ」
そう言いながら哲也が言った『一緒にやる奴がおらん』という言葉の意味がなんとなく分かった。
それにしても予想外の楽器だった。僕は少し驚いていた。ここで哲也の口からチェロという言葉を聞く予定は僕の人生にはなかった。
「お前のピアノよりはまだマシや」
「いや、そんなことはないと思うわ」
この件に関しては哲也に言って聞かせないといけないと本気で思った。彼は大きな勘違いをしている。
そう思った矢先に
「あんたらさっきから二人でなんで掛け合い漫才してんの?」
と瑞穂が呆れかえったように声を掛けてきた。彼女から見たら僕たちは同じレベルのお笑いにしか見えないようだ。
「漫才なんかしてへんわ」
哲也と僕はすかさず言い返していた。しかしそれは墓穴という言葉がとても似あう行為となった。恥ずかしながら僕達はハモってしまった。
僕と哲也は同時に瑞穂の瞳に軽く嘲りと憐みの光があるのを見た。どうやら彼女はツッコミを入れる気にすらならないご様子だった。
「んん……まぁ……チェロじゃあ軽音楽部で一緒に組む奴おらんなぁ……コントラバスに持ち替えて吹奏楽部に行けや」
僕はフルーツ牛乳を一口飲んでから気恥ずかしさがそこはかとなく乗っかった投げやりな言葉を哲也にかけた。
そしてまだ僕の頭の中では哲也とチェロが結びつかないでいた。
「あほ、コンバスと一緒にすんな」
「似てるやん」
「あほ、全然似てないわ」
「そっかなぁ……で、コンバスは弾けんのか?」
「いや、弾こうと思ったら弾けるけど……まだ言うか……俺はチェロがやりたいんや」
「ふ~ん。難儀なやっちゃな」
ハッキリ言って僕には哲也の事はどうでも良かった。いや、少しは同情するがだからと言って僕が何かできる訳でもない。
「軽音の奴らはフォークギターかエレキとかしかおらん」
コーヒー牛乳をあっという間に飲み終えた哲也は、空き箱をゴミ箱に放り投げるとそう言った。
空き箱は見事にゴミ箱に吸い込まれるように入っていった。
僕はそれを目で追いながら
「鍵盤出来る奴ぐらいはおるやろ?」
と聞いた。
「おるにはおるけど、そいつらはバンドのキーボードで取られてもうてる」
ため息交じりん哲也は答えた。
「なるほどねえ」
「じゃあ、吹奏楽部のコントラバスと一緒に二重奏でもしたらええやん。ロッシーニが呼んでんで!」
われながらいいところに気が付いたと思ったが
「あほか、そんなん吹奏楽部に入る意味ないやん」
と哲也に即座に否定された。やはり哲也にとっては安易な発想だったようだ。
「吹奏楽部でチェロは反則か?」
「多分」
「そっかぁ……」
僕がそう生返事をすると、瑞穂が何かを言いたげに僕の顔を見た。
僕は何となく嫌な予感がした。多分この予感は当たるだろうと瞬間的に思ったが、瑞穂が言い出した相談は僕の予想を上回るものだった。
「でね。藤崎君に相談って言うのはね。藤崎君も軽音楽部入らへん? って誘いに来てん」
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