トリオ
第116話 チェロとヴァイオリン
GWが明けて中間試験の季節が近づいてきても、相変わらず僕は昼休みは音楽室でピアノを弾いていた。
試験自体はそれほど心配はしていなかった。元々成績は悪い方ではないし、そもそも勉強は嫌いではない。
あんなものは毎日のルーチンの結果だと思っている。ピアノの練習と同じで集中してやればそれなりの成績は取れる。ピアノも勉強も毎日続けるから力が付くと思っている。だから今は練習が途切れるのが怖い。
もっとも試験の結果にはあまり興味がなかった。しいて言えば進級さえできればそれで良かった。
ただ周りから『ピアノばっかり弾いていてお気楽な奴だな』なんて言われたくなかったので、できればそれなりの成績だけは取っておきたかった。
そういう他人の目を気にする小心者の僕は試験前に、のほほんと昼間からピアノを弾いていると思われるのがいやで早めに切り上げて音楽室を出た。
自販機で缶コーヒーでも買おうと廊下を歩いていたら、瑞穂がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。その横に立花哲也も一緒に居た。
——二人は知り合いだったのか?——
「あれ?」
「ひっさしぶり~。今日は早く終わるんやね」
と明るい声で瑞穂は話しかけながら近寄って来た。出会ったのはこれで二回目のはずなんだが、小学校からの同級生のようなノリだ。
彼女ならどこに行ってもすぐに友達ができるだろう。これは一種の才能と言って良いだろう。
「ああ、もうすぐ試験やからな。少しは勉強でもしようかと思ったんや」
僕は立ち止まって答えた。そう言う僕もそのノリを素直にそれを受け入れている。違和感はそれほどない。
「へぇ。偉いなぁ。試験なんか関係なく、のほほ~んとピアノを弾いているのかと思ったわ」
既に僕の事を『のほほ~んとピアノを弾いている奴』と思っている奴を発見した。
僕は内心ドキッとしながら
「あほ。勉強は学生の本分やろ」
と答えた。案外、こいつは勘が鋭いのかもしれない。侮れん。
「建前はね」
瑞穂は笑って応えた。
僕は話題を変えようとさり気に
「で、なんや?哲也とも知り合いやったんや」
と瑞穂の横で所在なさげに立っている哲也に目をやった。
哲也は頭を掻きながら
「まあな」
とひとことだけ応えた。
「で、どないしたん? 二人そろって?」
僕は二人の顔を交互に見ながら聞いた。
「うん。ちょっと藤崎君に相談したい事があんねん」
「え? 俺に? 相談? なにを?」
そう聞きながら僕は廊下を歩きだした。まさかこの二人から相談相談を受けるとは思ってもいなかったので少し驚いた。
哲也と瑞穂は僕の両側から挟むようについてきた。こうやってわざわざ二人でやって来て話があると言われると意味もなくドキドキする。
「この前ね。藤崎君と一緒にヴァイオリンを弾いたやん。その話を哲ちゃんに話してん」
彼女のこの話ぶりからすると哲也とはどうやら長い付き合いらしい。
「俺なぁ、軽音楽部に入ってんねんけど、知っとった?」
瑞穂の言葉を受けて哲也はまた頭を掻きながら話をした。
――こいつはこんな癖があったのか? それとも風呂に入っても頭を洗ってないのか?――
「知らん。なんか楽器はやってるって話は聞いたような気がするけど……って軽音楽部に入っていたなんて初耳やぞ」
瑞穂の話と哲也の軽音楽部入部の話がどう結びつくのが僕には理解できなかったが、そこは突っ込まずに会話を続けようと思った。
「いや、実は一年の時から入っていたんや。でもな、あんまり出てないんや」
「折角入部したのに何ゆえに?」
「うん。一緒にやる奴がおらんねん」
哲也は寂しそうに言った。
「なんや、お前、友達おらんのか?」
かわいそうな哲也君は友達一人できないのかと、僕はとても同情した。こういった憐憫の情はすぐに顔に出る。
そんな僕を哲也は睨みながら
「あほ。友達はおるわ。お前と一緒にすんな」
と言った。
「ほな、なんで行かへんねん。ちなみに俺は友人と余計なしがらみだけは多いぞ」
「いや、余計なしがらみはイランやろ?」
哲也は呆れたように笑いながら突っ込んでくれた。
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