第54話 百貨店

 百貨店の入り口の脇にあるエレベーターに乗ると独特のイントネーションでエレベーターガールが「上に参ります」と案内していた。


 そのイントネーションがとっても不思議な感じで僕の耳に響いた。間違っても関西弁ではない。勿論神戸弁でもない。

この密閉された空間で独特な違和感しか醸し出していなかった。でも、この違和感は嫌いではなない。なぜか新鮮でさえある。


 仁美さんは既に下調べた済んでいたのか迷わず目的階をエレベーターガールに告げていた。


 食器売り場に着くと店員が仁美さんの顔を見るなり

「いらっしゃいませ。いつもお世話になっております」

と笑顔で迎えてくれた。

やはり何度かここに来ていた様だ。下調べどころか何度も打ち合わせまでしていたような雰囲気だった。


――流石だな――

僕の勝手な憶測は仁美さんに対してとっても失礼な浅はかな憶測だった。


「今日はご家族でお見えなんですね」

と店員が仁美さんに声をかけた。


「え? あ……はい」

と仁美さんは思わずそう答えると、困ったような顔でオヤジを見た。


店員はそれには気づかずに

「いつも奥様にはお世話になっております」

とオヤジに深々と頭を下げて挨拶をした。


「いえいえ」

と不意を突かれたオヤジは、しどろもどろになるのをかろうじて逃れた態で適当な愛想笑いを返していた。


 僕と宏美は顔を見合わせて笑った。

こういう勘違いは愉快だ。


「お・か・あ・さん、このお皿可愛いね。特に色合いが……」

宏美は図に乗って仁美さんの事をそう呼んだ。

 

 仁美さんもそれに乗って

「でしょう。この皿は私の一押しなのよ。お父さんは興味ないみたいだけどね」

と答えていた。

もう誰が見てもこの4人は家族にしか見えないだろう。そう、もう完全に補導員と高校生の図からは脱出した。


 しかしそれとは別に僕は少し冷めた気持ちになっていた。

とても趣味の良い食器を仁美さんは選んでいた。文句なくオフクロはこの食器を気に入るとは思うが、所詮はマイセンのカップで焼酎を飲むオフクロだ。

推して知るべしだな……と僕は冷ややかに二人のやり取りと皿を眺めていた。


 僕にはこのオシャレな可愛い皿の上に、無造作に柿の種がぶちまけられている風景が浮かんでいた。

いいところで冷奴だな。子持ちシシャモも三匹ほど並んでもおかしくはない。


 家の中では無頓着なオフクロも外に出れば『色彩の魔術師』とか呼ばれたりしているんだろうか?


兎に角、おふくろは内と外ではギャップの大きい人だ。


  オヤジに目をやるとこの二人のやり取りを呆れたような顔をして見ていた。

が、僕と目が合うと呆れ顔から苦笑いに変わった。

どうやらオヤジも同じような事を思っていた様だ。僕はオヤジの口元を見て確信した。


 ただこの苦笑は家族として見られたからなのか、それともそれにこの二人の会話の内容に対してなのかは分からなかったが……。もしかしたらオヤジの頭にも同じように子持ちシシャモが浮かんでいたかもしれない。


 この食器類を持って帰るのかと思っていたら、仁美さんはさっさと配達するように頼んでいた。

僕たちは荷物持ちで呼ばれたのでは無かった様だ。


「ねえねえ、お二人さんはまだ時間はあるんでしょ? 亮ちゃんはええとして、宏美ちゃんは?」

仁美さんは僕たちにこれからの予定を聞いてきた。

それに応えたのは宏美だった。

「私は大丈夫ですよ。今日は亮ちゃんと一緒にご飯を食べてから帰るって言うてますから」


「あら?亮ちゃん信頼されているのね」

と仁美さんは笑った。

「じゃあ、決まり。みんなで一緒にご飯を食べて帰りましょう? お父さんもええよね」

と仁美さんはオヤジの顔を確認するように見た。それは有無を言わせない強さがあった。


「全然。オッケー」

オヤジはマフィア映画に出てくるイタリア人のように両手を広げて『なんの問題もない』というジェスチャーをした。


 仁美さんは僕たちに振り向いて

「この前、取材で使った小洒落たイタ飯屋があるんやけど、そこに行く?」

と聞いてきた。


 もしかしたら仁美さんも同じようにイタリアのマフィアが浮かんだのかもしれない。

しかしイタリア料理なんかそんなに頻繁に食うモノでもなかったので、聞かれても判断が出来ない。


「イタ飯? どこの?」

僕たちが返事を言いよどんでいるとオヤジが聞いてくれた。


「この近所よ。良い?」


「全然」

オヤジは左肩をすぼめて同意した。

さっきからオヤジはほとんど同じような言葉しか発していない。


「じゃあ、家族一緒にご飯にしましょう」

仁美さんは明るくそう言った。

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