第51話 これからもよろしく

 それよりもレーシーの話の腰を折ってしまったので僕は話題を元に戻そうと

「さっきの話の『神に繋がる者』って、もしかしてお嬢の事かな?」

と聞いた。


「そう、それ……ああ、その影響ね……なるほどね」

レーシーはまた何かに気づいたみたいで一人で納得していた。


「なに? なんかあんの?」

こういう納得のされ方は気になって仕方がない。ろくでもない事を言われそうで少し不安になった。


「逆よ。亮平の事を守ってくれているわ。でもそのお嬢の力が余りにも強いのと、血のつながりも濃ゆいからその影響を受けているみたいね。特にあなたとお父さんは……」


「へぇ。そうなんや。そんな事まで分かるんや」

僕はレーシーがお嬢の事、お嬢と僕との関係だけでなくオヤジの事まで言い当てたので驚いた。

やっぱり彼女はただモノではない……って妖精だった。そもそもただモノでは無かった。


「だから亮平がわたしに気が付くようになったのね。昨日のお父さんのピアノはきっかけになった訳かぁ。一気に溢れ出たみたいな感じかな」

レーシーは全てが理解できたみたいで、とっても爽やかな顔で頷いた。


 謎が解けた探偵みたいにスッキリとした顔だった。しかし『一気に溢れ出した』という例えが花粉症に発症した人への理由ぽくて僕は気になっていた。

ほかの表現は無かったのかと……。


「見えない方が良かったんかなぁ」

と僕が呟くと

「ううん。見えた方がわたしは楽しいわ。こうやってお話も出来るし」

とレーシーはきっぱりとそれを否定した。やはり独りぼっちは寂しかったのだろう。


「そうかぁ。そうやな。それもそうやな。でも母さんが居る時はあまり話ができひんな」


「なんで?」


「だって母さんにレーシーの姿は見えてへんからな。そんな母さんの前でレーシーと話していたら、誰もいない壁に向かって一人で話をしている危ない奴にしか見えんだろう?」


「あ、そっかぁ」

そう言うとレーシーはケラケラと笑った。


「分かったわ。これからは黙ってピアノの上で亮平のピアノを聞いているわ。お母さんを驚かせたら悪いからね。でもたまにはわたしとお話ししてね」


「うん。そうするわ。でもピアノはリビングにあるからなぁ……」

僕がピアノを弾く時は、大抵オフクロも在宅している事が多い。


「全然。今までは存在さえも知られていなかったんだから……それに比べれば少しでもお話ができるだけで充分よ。これからはリクエストも聞いてもらえそうだし」

レーシーはそう言うとニコッと笑った。良い笑顔だった。君が人間なら惚れてしまいそうだと言いそうになった。オヤジならこんな歯の浮く台詞をなんのてらいも躊躇もなく吐けるんだろう。


 そんな厚かましいオヤジがちょっと羨ましい。



「でも亮平のお母さん……」

唐突に思い出したようにレーシーが言った。


「母さん? 母さんがどうしたん?」

と僕が聞き返すと

「ううん……何でもないわ。お母さんって……絵を描くのね……」

とレーシーは軽く首を振ってそう言った。


「ああ、そうやった。母さんは芸大のデザイン科を出ているからな。油絵も得意やったし……この頃は描いてへんけど。よく分かったなぁ」


「うん。本当に亮平の家族は芸術家揃いよねぇ……」

とレーシーは、なんか少し呆れたような物言いだった。

まあ、うちの家族は変わり者かもしれんなとは思う。呆れられる程でもないと思うが……僕の考え過ぎだろうか?


「兎に角、これからもよろしくね」

レーシーはそれ以上はオフクロについて話をせず、そう言って笑った。


 そう言われて、とりあえず僕は『これからはこの妖精に毎日ピアノを弾いて聞かせてあげよう』と心に決めた。


 明日、長沼先生にピアノを続けると言おうと思ったが、僕の音はあのラベルを弾いた時とは全く違う音になってしまっている。その時よりは少しはマシになったかもしれないが、いがう意味でまた期待を裏切るかもしれない。


 これからはピアノの気持ちは分かっても、先生の言う『作曲家の意思』はやっぱり分からんかもしれない。


さて。困った。


――流石に今のままでは長沼先生のとこへは行かれへんなぁ――


 この状態で僕の好きなようにピアノを先生の目の前で弾いたら『ラベルが怒り狂ってる。リストが発狂している』なんて言われかねないかもしれない。

それは相当マズい。


 ま、どっちにしろ今のレベルではまだまだまともな音は出ない。

暫くは独りで練習するしかない。


 その上、ピアノの先生の伊能先生のところに行ったら、間違いなく烈火のごとく怒られるだろう。

『こんなレベルになるまで練習しなかったのか!』と。

 

 いや、あの先生なら寂しげな表情で『ここまで落ちてしまったのかぁ……』とポツリと言われて終わりそうな気がする。それはそれで余計に辛い。


 もう少しまともに弾けるようになってから行こう……本当に僕は小心者だなと思ってレーシーの顔を見たら

「本当にそうね」

と言われた。


こいつは人の心の中を読む特技があるのか? 嫌な奴だ。


「まあ、よろしく頼むよ」

僕はそう言って強がるのが精一杯だった。


レーシーはニコッと笑って

「こちらこそ」

とひとこと言った。


 やっぱり見透かされているな。『この妖精には勝てそうな気がしない』と、僕はこの瞬間に覚った。

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