第45話 君の名は?

 それはオフクロが数年前にヨーロッパに買い付けに行った時に気に入って買ってきたシロモノで、気に入り過ぎて売る事もなく我が家で電話台として使われることになったものだった。


 オフクロはこのキャビネットの中央に彫り込まれたアカンサスの彫刻が一目見て気に入ったと言っていたが、僕にはどこにでもある葉っぱにしか見えなかった。どうやらオフクロはこの葉っぱに哀愁を感じるらしい。


 確かに今から200年も前に作られたアンティークな家具だから、妖精の一人や二人は居てもおかしくはないが何故今頃になって現れたのだろう?


その妖精はなんだか自慢げにテーブルの上で僕を見上げていた。


「その妖精が何であんなしみったれたキャビネットに憑りついたんや?」

と僕は思ったまま質問した。


「なんとなくかな?……って、しみったれたとか言わないでくれる? あれはあれでわたしは気に入っているんだから……第一あんたのお母さんもお気に入りでしょう?」

とその妖精は憤ったように反論してきた。


「まあ、そうなんだけど……」

なんだか気の強そうな妖精だ。


「あとさぁ、憑りついたって言うのも止めて欲しいな。なんかイメージが悪いわ」

と更に文句まで言ってきた。


「あ、はい」

僕はこの妖精の勢いに押されてしまっていた。

軽く深呼吸をして自分を落ち着かせて言い直した。

「じゃあなんであんなキャビネットにへばり付いて来たん?」


「その言い方も、なんだか便器にこびりついたウンコみたいで嫌だわ」

とまた憤っていた。

一々細かい事に拘る妖精だ。まあ、そう言われればそんな気もしないではないが……。


 結局、何故キャビネットと共にここに来る事になったのかは分からずじまいに終わった。


「……まあええわ。それはそうとなんで今頃になって出てきたん?」

と僕は一番気になっていた事を聞いた。


「なんだか季節はずれの幽霊を見たような聞き方ね。まあいいわ……でもね、それを言うなら『何故、今頃急にわたしの存在に気が付いた?』と問い直したい」

とその妖精は、今度は生意気にも僕に問い返してきた。



「え?」

意外な返答に僕は思わず声を上げて驚いてしまった。


妖精は眉間に皺を寄せて

「わたしはこのキャビネットと共にここにやって来て以来ずっとここにいる。今はこの家のリビングがわたしの住処よ。そして今の今まで誰もわたしに気づく者は居ず、わたしはいつもお前のピアノを聞いていた。何故、今更わたしの存在に気が付いたのか、逆にそれを教えてもらいたい。今この場で小一時間ほど膝を交えて問い詰めたい」


と僕を問い詰めてきた。


 はっきり言って膝の上に乗られる事はあっても膝を交えて話し合う事はないぞ! この一寸法師……と僕は心の中でこそっと叫んでみた。


「いや、それは急に見えたから……としか言いようがない。というか、あんた誰? 名前はあんの?」

僕はこの妖精の名前をまだ聞いていないことに気が付いた。


「我が名はレーシー。深き森に棲む精霊。このクルミの木のねぐらと共にここにやってきた」

と何故か神々しく偉そうに言った。


「いや、なんか偉そうに言っているけど、勝手に此処に住み着いただけやからな……あんた」

余りにも偉そうなので僕もむきになって反論してみた。


 僕もやっとこの妖精の存在に慣れてきたようだ。

確かに存在自体が不可思議で信じられないが、そう思いながらもこれが現実だと実感できるようになってきた。

それに会った時からこの妖精から邪悪な印象を受けていなかったし、どちらかといえばツッコミどころ満載な妖精だったので少し親近感さえ覚え始めていた。


「それを言うならお前たちが勝手に森の木を切ったのが悪い」


「あ~はいはい。そんな事は森の木を切った200年前の木こりにでも言ってくれ。おいらは知らん。それに出て行けと言ってもどうせ出て行くことはないんやろう?」

このやりとりが少し面倒になってきたので、僕は適当にこの話題を切り上げることにした。


「そうだ! 出て行っても行くところがない!」

レーシーは無表情だが素直にそう言った。相変わらず偉そうではあるが……。でも

その姿が可愛かったので僕は思わず笑ってしまった。


「良いよ。居ても。今更出ていけなんて言わへんし……ま、これからもよろしく」

僕はレーシーにそう言った。

そして

「俺の名前は……」

と言いかけたらレーシーに

「亮平」

と先に名前を言われてしまった。


「そうか、ずっと前からおったんやったな」

と僕は苦笑いするしかなかった。

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