第28話 シゲルは大人だと思う
シゲルはオヤジ達に高校時代にバイトをしながらどうやって勉強をしたのか?それでどうやって大学に行ったのかとか聞いていた。
オヤジたちは昔を思い出して話をしていたが、楽しそうだった。
年寄りは昔話が好きらしい。思い出補正も盛大に入っているんじゃないかと思う。でもオヤジと安藤さんの話は面白い。そばで聞いていても飽きない。
オヤジが高校時代は父親と……そう、僕のお爺さんとは仲が悪くて、家を出て自分でバイトで稼いだ金で大学に行っていたという話を聞いた時は驚いた。
勿論、シゲルはその話に食いついていた。
その時も鈴原家に厄介になっていたと聞いた時は、オヤジは全然進歩してないなと思った。
今でも半居候みたいなもんだし……。
店の中はいつものように60年代・70年代の洋楽がかかっている。当然オヤジが高校時代に聞いていた曲も流れていた。
その音の中で僕の友達がオヤジ達と仲良く話をしている構図はとっても不思議だった。
和樹もこの店に来ていたが、こんなに安藤さんやオヤジと話し込んではいなかった。そう思うとシゲルは僕たちが知らない間に色々な経験を積んできたんだという事に気が付いた。
高校生のシゲルが大人と会話を普通にできる事が驚きだった。
人は赤の他人の中で揉まれて成長するのかもしれない。僕は学生という立場を隠れ蓑にそれをどちらかと言えばそういう事を避けていたような節がある。和樹にしてもそうだ。仲間内でしか話をする事もなく、自分とは異質の人達とは近寄りもしないで距離を置く。
――僕は自分で世間を狭めていたな――
シゲルはそんな事を思う余裕も無かったんだろうな。もっともシゲルの場合は異質な人間は腕力によって排除するか排除されるかのどちらかの世界だったんだろう。
兎に角ぶつからなければ分からないタイプの人間だからな。避ける事があまりなかったんだろう。
安藤さんやオヤジと楽しそうに話をしているシゲルを見て、嬉しい反面また何故が敗北感が沸き上がってきた。
「ホンマに今時珍しい苦学生やな」
と安藤さんが感心したように言った。
今日1日で何度安藤さんはシゲルに感心しただろうか?
基本的に安藤さんはその風貌から想像できない程優しい人だと言うことは、この頃、薄々分かって来ていたが……それでも今日は大盤振る舞いでシゲルを褒めていた。
「まあ、しゃあないですわ。そういう家に生まれたんやから……、それを嘆いていても仕方ないですから」とシゲルはあっさりとしたもんだった。
その潔(いさぎよ)さに僕も感心した。
いつの間にか席を外していたオヤジがトイレから戻てきて、スッキリした顔で椅子に座った。
「面白い子やな。友達は大事にせえよ」
と僕に話しかけた。
「うん。でも、俺が助けてもらってばかりのような気がする。なんかシゲルが大人に見える……」
と僕は素直に本音をオヤジに言った。
「ほほぉ。お前もそんな事を言うような歳なんやな」
オヤジは少し驚いたような表情をしたが、嬉しそうに笑うと
「まあ、そういう時もある。焦らんでもエエ。『男子、三日会わざれば括目して待て』て言うしな」
と言った。
「男子? が三日で?……どういう意味なん?」
「『男子、三日会わざれば括目して待て』や。そういうのは自分で調べてみぃ。三国志を読め」
オヤジはそう言うと少し考えてから
「まあ、自分と人を比べるのは客観的に自分を見ようとして良いのかもしれんけど、あんまり意味ないな。それよりも自分はどうなりたいのか? というのをはっきりとさせた方がええな」
と付け足した。
「まだ、そんなん分からん」
と僕が首を振ると
「そうやろうな。まあ、世の中そんなもん分かってない奴の方が多いからな。だから慌てんでエエ」
と笑いながら応えた。
「そうなん?」
「ああ、そうや」
オヤジはそう言うとグラスに口をつけて、スコッチを一口飲んだ。
そして天井を見上げて
「少なくとも他人と比べて焦る必要はない。他人は他人。自分は自分や」
と言った。
串カツ屋で会ったオッサンもシゲルにそんな事を言っていたのを僕は思い出した。
喫茶店でシゲルが僕に教えてくれた話だった。
「俺にもそれが分かる時が来る?」
僕はオヤジに聞いた。
「ああ、いつかな。まあ、焦ったってしゃあない。人生は他人に勝つためにあるんやない。強いて言うなら戦う相手は自分やな」
オヤジは笑いながらそう言った。
オヤジは何回人生で勝ち負けを経験してきたんだろうか?……ふとそんな事を思った。
「今日の自分に明日は勝つ」
オヤジはそう言うとシゲルに
「シゲル君やったな。これからもうちの亮平と仲良くしてな」
と僕の頭越しに頼んでいた。
「はい。亮平とはこれからもずっとツレですから」
とシゲルは急に真面目な顔をしてオヤジに応えた。
その顔はやっぱり大人の顔に見えた。同い年なのに……瞬間瞬間にシゲルが大人の顔に見える時がある。
そういう時は敗北感を感じる……いや正確には取り残された感かもしれない……そして同時にシゲルに対して憧れのような感情も湧いている事にも僕は気が付いていた。
久しぶりに今日会ったばかりのシゲルは、中三時代のシゲルとは全く違っていた。
たった一年程度でこんなにも変わるもんだろうか……あ、オヤジが言った男子三日会わざればってこの事か!と僕はやっとそれに気が付いた。
僕もこんなに変わる事が出来るのだろうか?
このオヤジの言葉は思った以上に意味深だと思う。
成長したシゲルへの言葉とまだまだ未熟でガキんちょな僕に対する励ましと二つ意味があるような気がしたからだった。
こんな言葉をさらっと言ってのけるオヤジを少しだけ尊敬した。
しかしそれとは別にシゲルのこのそつのない返事と、大人びた表情は悔しさを通り越して腹立たしくもあった。
自分の未熟さを棚に上げていることも分かっていたが、沸き上がら感情はどうしようもない。
でも、それ以上にシゲルの事は好きだ。僕のお気に入りの友達だ。
オヤジと安藤さんはそんな僕の気持などお見通しのように笑っている。
僕達もあと何年か経ったらオヤジと安藤さんのような心地よい距離感の関係になれるのだろうか?
『自分はどうなりたいのか?』『強いて言えば戦う相手は自分や』
なんだか父親らしい一言だった。
シゲルに対する負けた感はぬぐえないが、オヤジから貰った言葉はなんだか嬉しかった。
やっぱり僕はオヤジの息子だった。
シゲルが僕の耳元で言った。
「今日はお前に会えて良かったわ。俺もこの店通ってエエかぁ?」
「ああ、全然構わへんで。来いよ。酒は飲まれへんけど」
それを聞いてシゲルは嬉しそうに笑った。
そしてこう言った。
「タバコ止めよ……」
「え?そうなん?」
「うん。慌てて大人の振りせんでもええわ。そんな気がする。ここにいたらそんな気がしてきた」
『いや、君はもう充分大人やで』と言いそうになったが、折角のシゲルの決意に水を差すのも嫌だったし、そもそも一人だけ先に大人になんかならなくても良い。
これ以上の取り残された感は御免被りたい。本気で僕はそう思ったが、それも言わずに黙っていた。
僕は結局シゲルに
「しゃあないな。俺もお前に合わせて焦らんようにするわ」
そう強がっていた。
シゲルはじっと僕の顔を見て何か言いたそうな表情を一瞬したが、笑って「よろしゅう頼むわ」
とひとこと言った。
いつか僕もシゲルも大人になって別々の道を歩んでいってもこうやってこの店で飲みたいなと思った。
その時はどんな会話をするのだろうか?
ちょっと楽しみだ。
もうそろそろお袋が怒鳴り込んできそうな時間だと思いながら、僕たちはオヤジ達と話をしている。
大した夜ではないが、僕はこの夜の事をいつまでも忘れないだろうなと思った。
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