第77話 日本人?

 ――森を抜けると、すぐ前方には巨大な川が流れており、その先に目的地である【バルクエ王国】がある。



 ヴェッカとビー二人の情報によると、西大陸で最も大きな国であり、別名〝芸術大国〟と呼ばれていて、多くの芸術家を輩出し、また集ってくる場所だ。



 また俺の興味を惹く一つの事柄がある。



 それは【ファイル―ン王国】と同じく、【バルクエ王国】は異世界召喚に成功し数人の異世界人を抱えているということ。

 確証はないが、桃爺がそう言っていたし、ヴェッカもまた噂を聞きつけている。



 故に可能性としては高い。だからどんな奴らが召喚されたのか若干の興味はあるのだ。

 川に架かっているそこそこ大きな石造りの橋を渡る必要があるのだが、橋の手前で思わず俺たちは立ち止まってしまった。



 理由は、そこに商人らしき者が引く馬車が立ち往生していたからだ。しかも三台も。



「どないしたんやろ? ちょっと聞いてくるわ」



 同じ商人であるビーなら話も遠し安いと思い、ここは彼女に任せることに。 

 しばらくして彼女が戻ってきて、商人たちがここに立ち止まっている理由が判明した。



「はい? 橋の中央で誰かが騒ぎを起こしてる?」



 つい聞き返してしまった。

 しかし聞き間違いなんかではなく、ビーが言うには橋の上で昼間から酒を飲んで酔っ払っている男たちが騒いでいて、通せんぼをしているそうだ。



 当然そこをどいてくれと商人たちは言ったらしいが、酔っ払いたちは聞く耳を持たず、通してほしければ通行料を出せとわけの分からないことをほざいているとのこと。



 しかもこの通行料がバカげた金額なものだから、商人たちはほとほと困っているようだ。 

 力づくという方法もあるにはあるが、大事な商品が壊れることを恐れて商人たちは足を踏み出せないらしい。



「ったく、どこの世界でも酔っ払いは迷惑千万だな」

「ホンマや。ちょいとウチがのしてきたるわ」



 ビーならそれも軽い仕事だろうと思い、別に止めるつもりはなかった。



 ただその時――橋の上からざわつきが響いてくる。



 目を凝らして見れば、向こうの橋から誰かがやってきて、酔っ払いたちに説教をしているような光景があった。



「わぁ、何か面白そう! ねえねえボータ、近くで見ようよ」



 こんな時でもポチはマイペースを崩さない。

 しかし結局橋を渡る必要もあるので、皆で橋の中央へ赴くことにした。



 確認すると、酔っ払いたちは四人いて、彼らの目前に立つ人物は二人。

 恐らくその二人が説教をしにやってきた者たちなのだろうが……。



 ……ありゃ? アイツら二人の顔立ちがすっげえ日本人っぽいんだけど。



 二人ともが黒髪で、男女のペアである。その二人の顔が、異世界で出会った人たちの顔立ちと比べると、どうも日本人寄りのように思えた。年齢は俺とそう変わらないだろう。

 しかも二人は性別こそ違うが、顔の作りが良く似ている。



 兄妹……か?



 真実は確かめないと分からないが、多分そうではないかと思う。



 男子の方はショートヘア―で騎士然とした高潔そうな白服を纏い、女子の方は長髪で魔女が着るようなローブを着込んでいる。



 いや、中性的な顔出し、どっちも女の可能性もあるな。もしくはどちらかが男の娘か。あるいはどっちもそれか。



 できれば男よりは女の方が良いなと思いながら、俺はこれから起こることを黙って見守ることにする。



「もう一度言う! 今すぐこの場から立ち去れ!」



 声を聞いて、騎士然とした方が男だという結論に至る。



 ……日本語?



 俺は彼の口元を確認していた。日本語としての口調だったので、彼らが日本人である可能性が強まる。



「はぁぁ~? ガキがほざいてんじゃねえぞぉ……ひっく」



 顔を真っ赤にした酔っ払いの一人が、酒瓶を片手に悪びれる様子もなく男子を見てヘラヘラと笑っている。他の酔っ払いたちも、「そうだそうだぁ~」と男子の言葉に耳を傾けるつもりはないようだ。



「…………そうか。最後通告のつもりだったのだがな」



 すると男子が腰に携えているレイピアのような剣を抜く。



「へぇ、やる気かぁ? クソガキがぁ」

「へへへ、んなことよりそっちの嬢ちゃん、ちょっと酌でもしろよぉ。可愛がってやっからよぉ」

「カッカッカ、女の喜びってのを教えてやるぜ」

「ぎゃはははは~!」



 酔っ払いたちが好き勝手喚く中、今度は女子の表情に怒りが現れる。



「あ? マジウザい。ねえアニキ、もう殺しちゃえば?」



 とんでもない物騒なことを口にする女子だった。いくら不愉快だからといっても殺しはさすがにどうだろうか。



「そうだな。コイツらは賊と同じ屑のようだしな」



 おいおい、まさかお兄ちゃんまでその気なのかよ……。



 ただ彼らの会話で、やはり兄妹だというのは分かった。



「殺すだぁ? やってみろよぉ!」 



 いきなり酔っ払いが男子に向けて酒瓶を投げつけた。

 だが慌てることもなく、剣の一閃にて瓶を真っ二つにする。



「ほほう、あの御仁、できますな」



 そんなことを楽し気に呟いたのはヴェッカだ。確かに剣の扱いに慣れた感じではある。

 瓶を投げつけた酔っ払いが舌打ちをすると、怒りのままに男子へと突っ込んでいく。



 おいおい、剣を持ってる相手に素手で突っ込むんかい。



 思わずツッコミが出てしまった。



「うおぉぉぉぉっ! ――ぐがぁっ!?」



 酔っ払いが悲痛な声を上げる。剣で左腕を斬り飛ばされたのだから無理もない。



「うわぁ、ちょっとやり過ぎのように感じるんだけど……」



 確かに迷惑千万な相手かもしれないが、本当に賊として処理しようとしている気が満々なやり方に、さすがにちょっと引く。



 当然躊躇することなく酔っ払いの腕を切断した男子の行為を見て、酔っ払いたちは真っ青になる。 



 しかも腕を失った酔っ払いが膝をついて呻いていると、彼の頭をこれまた戸惑うこともなく蹴り飛ばしたのだから、周りで観察していた者たちは言葉を失っていた。



 さらに追い打ち……か。容赦ねぇなぁ、アイツ。



 蹴られて橋の上を転がった酔っ払いは意識を失って伸びてしまっている。





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