第78話 剣獅子
「お、おいマジかよ……」
「ちょっと待てよ! お前ら何者なんだよぉ!」
酔っ払いたちが……いや、すでに酔いが醒めているような表情の男たちが、男子たちの正体を尋ねた。
「フン、貴様らのような外道に名乗る名前などはない!」
「あたしたちは【バルクエ王国】に仕える武将だし」
「え……あの妹よ……」
「そっちのアニキは『
「け、けけけ剣獅子って言や……バルクエ国軍の隊長格じゃねえかぁっ!」
どうやら男子の方は二つ名を持っているらしい。
なかなかに通っている名のようで、酔っ払いたちが驚愕の表情を見せている。
「い、妹よ……さらりと情報を口にしないでほしいのだが。しかも俺のだけ……」
それはそうだろう。せっかく名乗る名前などないと格好つけた矢先の出来事なのだ。しかも身内も身内。妹から情報漏洩は予想外だっただろう。
「さ、最近隊長に上がって賊討伐で名を挙げてる奴だよな……! 何でそんな奴が、わざわざこんなとこまで来て……!」
「と、とにかく奴はヤバい! 聞けば一人で賊を三百人を殺した情け容赦のない鬼だって聞い――っ」
何故途中で酔っ払いの言葉が止まったのかというと、一瞬にして彼に接近した『剣獅子』がいとも簡単に首を斬り飛ばしたからである。
「ひ、ひィィィッ!?」
すぐ近くにいた酔っ払いは腰を抜かして尻餅をついている。そんな彼に剣の切っ先を向けながら、不愉快そうに『剣獅子』が言う。
「間違えるな。我は鬼ではなく気高き獅子だ」
「あーアニキってばいまだに厨二病から抜けられないしね。名前を間違うとマジで怒るよ」
え、マジで? どう見ても俺と同い年くらいなのに、それはとても痛い。つうか自分のことを我という奴、初めて見たわぁ。
「た、たたたた助けてくださいィィィッ!」
「断る。最後通告を無視したということは、死ぬ覚悟があってのことだろう?」
「ち、違いますぅ! ちょ、調子に乗ってただけでっ」
そりゃそうだろう。酔っ払ってたんだから。こんな往来の場所で。
「我はちゃんと人へ戻る道を示してやった。それなのに貴様らは我の言葉に耳を傾けず、あろうことか酔った勢いで攻撃までしてきた。……情状酌量の余地は皆無!」
剣を振り上げる『剣獅子』。必死に逃げようとするが、恐怖に怯えて動けないでいる酔っ払ない。
剣が振り下ろされ、酔っ払いは確実に殺される、そう思った瞬間――キィィィンッ!
酔っ払いの頭上から伸び出た槍が、剣の動きを止めていた。
「――あいや待たれい」
もしかしたら手を出すと思っていたが、本当に出しちまったんだな…………ヴェッカ。
「……女、何のつもりだ?」
「確かにこの者たちは人様に迷惑をかけたようだ。それは処罰されるべきこと。しかし命を奪うような悪とは到底思えん」
「賊を庇うというのか?」
「賊ではござらんよ。ただの阿呆な酔っ払いよ」
ヴェッカの意見に一票。確かに酔っ払いは酔いに任せて攻撃はしていたが、そこに敵意はあれど殺意は感じられなかった。以前に出会った賊との違いはそこだろう。
「引く道を示してやった。それを無下に扱ったのはそいつらだ?」
「ひィィ――ッ」
睨まれた気迫に、酔っ払いは気絶してしまう。しかも下半身からジワ~っと液体が流れてきているところを見ると失禁しているようだ。
「この男も十分に反省しているであろう。もうその辺で良しとせぬか?」
「賊を擁護するということは、貴様も悪というわけだな。ならば断罪の対象だ」
ヴェッカの言葉に聞く耳を持たないようで、彼から殺気が溢れ出てくる。
おーい、ヴェッカ分かってんのか。そいつはこれから向かう国の武将なんだぞ。騒ぎを起こしたら国に入ることができなくなるじゃんか……。
こうなったらここは他人のフリをしてさっさと橋を抜けるべきか。
「ボータ殿! お主も彼らの行いはやり過ぎだとは思いませぬか!」
……え、ボータドノ? そんな名前の奴いたっけ?
「あ、あのボータさん、ヴェッカさんが聞いていますよ?」
「どうしたのぉ、ボータ?」
「せやでボータ、ちゃんと返事したり」
こらこら皆さん、せっかく他人のフリをしようとしたのに止めてもらいませんかね。人の名前を連呼するの。
ほら、明らかに『剣獅子』の視線が俺に向いてんじゃんか。
こうなってしまえば言い逃れはできそうもない。ヴェッカが敵対すれば、きっと俺たちも敵として扱われる。
「ほう、もしやと思ったが、貴様らもこの賊どもの仲間か?」
「おいちょっと待て。さすがにそれは反論させてもらうぞ。何が悲しくてこんな小汚ぇオッサンどもの仲間にならにゃいかんのだ」
それだけはしっかりと否定しておく。
「ならこの状況は何だ? 貴様がこの女に命じたのではないのか……む? 黒髪に黒目……だと?」
あっちゃあ、そこをついてきますか。
この世界で黒髪に黒目は珍しい。彼らが俺と同じ日本人だとするなら、俺の正体を見極めても不思議ではない。
「ねえねえアニキ、そいつってばあたしたちと同じ日本人なんじゃない?」
女子から決定的なお言葉を頂きました。欲しくはなかったけど。
「しかし妹よ、奴らが来たのは北の大陸。そこに誰かが召喚されたという話は一切聞いていないが?」
「でもそっちの黒髪、どう見ても日本人にしか見えないけど?」
「む? 召喚? にほんじん?」
だから勝手に話を進めるのは止めてほしい。ほら見ろ、ヴェッカが興味を持ち始めてるじゃねぇか。
しかしヴェッカが呟いて力を隙を見せたことで、『剣獅子』は彼女の槍を押し返して後方へ跳び退いた。そのまま視線をこちらに向けたまま口を開く。
「確かによくよく見てみれば日本人っぽいな。おい貴様、名を名乗れ」
「ボータ・ホワイティです」
よし、ここは偽名で誤魔化そう。
「ふむ。ホワイティが家名か。ならば日本人というわけではなさそうだな。やはりこの世界の住人か……」
どうやらまんまと騙されてくれた……かな?
「あれぇ、ボータってそんな名前じゃないでしょ?」
「え、あ、いやポチさん?」
「確かぁ、シラキリが苗字でぇ、ボータが名前だったよね!」
…………………………。
「「「………………」」」
俺、『剣獅子』、女子がそれぞれ沈黙のまま涼し気な時間が流れる。二人の俺への視線が痛い。
そして、不意に口火を切ったのは女子だった。
「……シラキリ、ボータ? ううん、ぼうた……かな。名前はちょっと変だけど……ねえあんた、やっぱり日本人でしょ?」
「いえいえ、何を仰いますか。僕は生まれも育ちも北の大陸で、こう見えてしがない旅人をしており」
「あれぇ、ボータって異世かぶっ」
「あーどうしたのかなぁポチ~! お腹でも空いてるのかなぁ?」
「む~む~む~」
慌てて手で彼女の口を塞ぐ。頼むからもう黙っててくれ!
俺が同郷出身だって分かれば絶対めんどくさいことになるから!
「いせかぶ? 何を言いたいのだその子は?」
『剣獅子』の言葉に対し、「さあ?」と女子が首を傾げている。
「と、とにかくほら! こんなバカどもをこれ以上痛めつけてもしょうがないでしょう! せっかくの二つ名が汚れてしまうっすよ!」
「む? そうか?」
「そうですよ! 命乞いをしたただの酔っ払いを殺す。それは間違いなく国にとっての悪評になりますって! 特に二つ名がある騎士様なら良くない風評です! ここは情けを与えた方が、よりあなたの二つ名は輝きを増すと思うっすよ!」
「か、輝きが増す……だと?」
「はい、それはもうシャインスパーク的な感じで!」
「シャ、シャインスパーク!? むむむぅ」
「そうなればきっと『剣獅子』という名はダークでクールなカッコ良さだけでなく、光溢れる慈愛を持った唯一無二の存在となれるはずっす! そう、光と闇を宿した最高の騎士こそあなたに相応しい!」
「…………フフフ、ハーッハッハッハッハッハ! よぉく分かっているじゃないか! そうだ! 我は光と闇を宿す最高の騎士! 前世から紡がれる黄昏の瞳を持つ者! うむ、分かった。ではこの場は一つの情けをくれてやろう! ハーッハッハッハッハ!」
上機嫌に笑う彼を見てホッと息を吐く。
はぁ……コイツが扱いやすい奴で良かったぁ。
けどあっちの美少女ちゃんはまだ疑いの目を向けてるけど……。
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