第73話 新たな仲間を得て

「――はい? 北の大地で公開処刑が行われた?」



 僕――紅池京夜が、西の大地の国境沿いで賊討伐のために遠征していた矢先のこと、突如として情報が耳に入ってきた。



 傍には同じ日本人で、この異世界に召喚されてきた仙堂織花もいる。



 報告をしてくれたのは、僕が与えられた部隊の副官を務めてくれているマッドという男性だ。歳は二十歳だが、剣の腕を見込まれて士官してきた若者で、部隊を編成する時に、歳も近いからという理由で僕が指名して副官に任命した人物。



 灰色の短髪でアスリートのようなガッチリとした体型をしており、肌も浅黒く健康的に見える。

 そんな彼が僕の傍に立ち、他大陸の近況を教えてくれたのだが、その中で気になったのが公開処刑というものだった。



 しかも……。



「その公開処刑にピエロと名乗る変な人が現れたって?」

「はっ、中央から使者が向かい公開処刑とは名ばかりの、民たちを楽しませるイベントを催したらしいという話を聞きました、あとは――」



 そうマッドさんが伝えてくれたのだが、彼の話を聞いて少し気になることもあった。



「マッドさんはピエロって何か知ってる?」

「いえ、私も初めて聞いた名前です。何かご存知なのですか?」

「えっと……まあ少しは、ね」

「私に聞かないでよ、京夜」



 同意を求めるために織花を見たが、彼女は強張った表情のまま前を見据えている。

 それもそのはずだ。これから僕たちは戦――つまり人の命を奪い行くのだから。



 賊とはいえ僕たちと同じ人間だ。命の重みをハッキリと分かっているわけではないが、奪うことに抵抗がないわけがない。

 それでも国に仕えている以上は、覚悟はできているつもりだ。



「……マッドさん、また何か新しい情報が入ったら教えてくれる?」

「畏まりました。では私はこれで」



 礼儀正しく一礼してからマッドさんは去っていった。

 僕はピエロと名乗った人物のことを考える。



 道化師、ピエロ、大道芸人などいろいろ呼び方はあるが、どれも奇抜で面白い格好をして、行動や言葉などで人を楽しませる職種のことだ。



 僕たちがいた日本では、実際にピエロと会ってなくても名前くらいは知ってるし、どういう人たちなのかも大体見当がつく。でもこの世界の人たちはピエロという言葉に免疫がない。これはどういうことだろうか?



 考えられるのは、他国で召喚されたとされる異世界人がピエロを名乗った……?



 そうとしか考えられなかった。



 ただ何のために? 公開処刑を偽って、皇帝から罰を受けてもなお民を楽しませたかった?



 それなら別にもっと他の方法があったはずだ。



「ピエロ……か」

「ん? どうしたの、そんな難しい顔して」

「あはは、それは今の織花には言われたくないけど」

「む……ほっといてよ」

「はは、でも織花はどう思う? さっきのピエロの話」

「…………さあね、興味がないわ」

「嘘だね」

「どうしてよ」

「織花は嘘をつくと髪を弄る癖があるから」

「! ……これだから幼馴染は厄介よ」



 当然もう一人の幼馴染である望太も知っていることだ。

 そう、そのもう一人。僕にとってかけがえのない親友が問題である。



「ピエロって聞いて、僕は――望太のことを思い出した。織花も……そうでしょ?」

「…………」

「中学の文化祭の時、僕たちのクラスは演劇をしたけど、その中でピエロが出てくる。その役を望太がやった。物凄くドハマリしてて、織花ってばお腹抱えて笑ってたよね?」

「そんなこともあったわね」

「でもドハマリしたのは織花だけじゃない。実際に体育館で公演して、誰もが引きつけらたはずだよね、望太の演技に」



 そう、ピエロは敵役として出てきたのだが、望太の演技力の高さか、それとも普段の道化っぷりがハマっていたのか知らないが、彼の演技に皆が魅了された。



 結果、他のクラスの演劇も終わり、そのあとに催される受賞会で、望太は主役でもないのに一番皆を感動させた演技をした者に与えられる最優秀演技賞というものをもらっていたのだ。



 その記憶が強烈に残っていたせいで、ピエロと聞いてピンと来たというわけ。



「だから北の大地に現れたピエロが望太だって思うの?」

「多分異世界人がやったのは間違ってないと思う。聞けば国民たちがピエロのイリュージョンってやつに魅了されてたって言うじゃないか。公開処刑うんぬんはよく分からないけど、この乱世の時代にそんなバカなことをしてもおかしくない人物って僕は一人しか思い浮かばないんだけど」

「…………そう、ね」



 良かった。やっぱり織花もそう思うんだ。



 だけど下手に希望を持ったら、確かめた時に違っていたらガックリ感が強烈である。だから織花も期待はしつつも、それは違うと無理矢理言い聞かせていたのかもしれない。



「この戦が終わったらさ、少し時間をもらおうよ」

「? ……京夜?」

「探しに行こう! 北の大地へ!」

「本気?」

「うん! きっと望太だよ!」

「そんな根拠……どこにもないじゃない」

「だよね。でも何となくそうじゃないかなって気がするんだ。だから……行こう」

「京夜…………うん、分かったわ」

「それでこそ、だよ!」

「でも分かってる? まずはアタシたち、この壁を乗り越えないといけないんだからね」

「……そうだね。でも死ぬわけにはいかない。みんなで一緒に日本に帰るためにも!」

「人を殺すのよ?」

「怖いね。できるかどうかなんて分からないけど、困ってる人たちも見捨てるわけにはいかない。だから――やるよ」



 実際に賊に襲われた村や町の様子を見たこともある。言葉に表せないくらい酷い光景だった。

 確かに日本に帰りたいと思っているのも事実だが、この現状を何とかしてあげたいと思うのもまた僕の中の真実だ。



 だから、賊が罪も無い人たちの命を奪おうとするのであれば、僕は絶対に許さない。

 恐怖はもちろんあるけれど、この戦場を生き抜いて望太を探しに行くんだ。



 待ってて、望太。必ず見つけるからね。織花と一緒に!



 僕は強く決意し、織花とともに戦場へと歩んでいった。




     ※




 処刑日から数日後――グレイクの配慮で通行手形を受け取った俺たちは、問題なく関所を通過して西の大陸へと入っていた。

 傍にはカヤちゃん、ポチ、ビー、ヴェッカの姿もある。



 関所には一緒にグレイクもやってきてくれて、通行手形とともに関所を守る兵たちに口で説明をしてくれたのだ。元々グレイクの部下だったために、それは簡単に通用した。

 というより、処刑日に俺が頼んだサクラ役をこなしてくれたのだから、別にグレイクが来なくても感謝されて顔パスで通されたかもしれないが。



 しかしグレイクはこれから大変だろう。中央からの使者への弁明もあり、恐らく国王も何かしらの罰を背負うことになるだろうし、王への信頼も回復しなければならない。



 ただ幸いなのは、俺が渡した《ボイスレコーダー》を聞いて、ガンプ王がそれほど強く抗議しなかったことだ。

 何故ならイオムは誰にも言わずに国を去っていたから。



 故に王もあっさりと自分から去っていったイオムが、レコーダーに残された言葉を言っていた可能性が高いと判断したのだと思う。

 それと同時にグレイクは彼に頭を下げて、ガンプ王に対し自身の思いをハッキリ伝えたらしい。



 ガンプ王自身を見ずに、先代の影ばかり追っていた事実に謝罪をし、許してくれるなら自分の力を国のために尽くしてほしい、と。

 そしてその上で、ともに先代に負けないような国造りをしていこうと言った。



 俺からすれば自信のない王、流れに身を任せてしまうような王の下につきたいと思わないし、正直グレイクの正気を疑ってしまうが、それでも彼は先代に託された国を、今の王とともに支えていきたいのだと言う。

 そんな彼の強く真っ直ぐな訴えに対し、ガンプ王も受け入れたようだ。



 勝手な王だとも思うが、ガンプ王はまだ若いし、これからいかようにも変わっていける可能性もまたある。グレイクが傍にいれば、もしかしたら……。

 まああとは好きにやってくれといった感じで、俺たちは関所を目指したというわけだ。



 あと、国を出る時に子供たちがピエロの格好をして遊んでいる姿が多く見られた。



 さらに大人までイリュージョンと口にして流行語になっている。



 今頃服屋の店主は、俺が言った意味を理解してるんだろうなぁ。



 誰も買わなそうな派手な服がそのうち売れるようになると言ったが、間違いなくピエロに扮するために、それ系統の服はバカ売れしていることだろう。



「おや、ボータ殿。何を笑っているのですかな?」

「へ? ああ、何もないってヴェッカ。ただ次はどんなことが待ってるかなって思ってな」

「そうですねぇ。美味しいものとかいっぱいあればいいですね!」

「おお、それはいいなカヤちゃん!」

「ボクもお腹いっぱいお肉が食べたーい!」

「アンタはそればっかりやな、ポチ。少しは野菜を食べえや」

「ぶぅ、ビーはうるさい! ていうかいつまでついてくるのぉ!」

「そやなぁ、何やボーやんの傍におったら面白そうやし稼げそうな感じもするからしばらく一緒におったるわ」

「えぇ~! お喋りザルなんかと一緒に旅するのなんかヤだ~!」

「誰がお喋りザルや、食いしん坊犬が!」

「何だよぉ!」

「何やねん!」



 ……はぁ。また始まった。この二人は一日一回は衝突しないと気が済まないらしい。



 頼むから口喧嘩までにしておいてほしい。リアルファイトは環境が変わりかねないので。



「ククク、賑やかですな。では私もしばらくはボータ殿と一緒に旅をしてみるですかな」

「へ? そうなの?」

「おや、ボータ殿は旅に潤いなどはほしくありませんかな?」



 そう言って俺の腕を取ってくる。



 こ、これは――。



 腕から伝わってくるこのムニュッとした柔らかい感触は……っ!?



「私の傍におれば、こういう役得もありますぞ?」

「う、うん。そうだな。これはとても良い役得だ! 是非毎日一時間くらいは――」

「……ボータさん?」

「え……ひぃっ!? な、何か黒いオーラが出てるよカヤちゃん!?」

「またいやらしいことを考えていますよね?」

「そ、そそそそんなことはないです……よ?」

「もう! 分かりやす過ぎです、ボータさん! お仕置きします!」

「ひぃぃぃぃっ、だから勘弁してくれってぇぇっ!」



 カヤちゃんがまたどこから出したのか、広辞苑のような分厚い本を振り上げて迫ってくるので俺は必死に逃げる。



 その光景を見て他の者は楽しげに笑っているだけで助けてくれない。



「こらぁぁぁっ、待ちなさぁぁい!」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 俺は走る。

 新たな旅仲間を得て。



 この先に広がっている光景を探し、俺は楽しみながら進んでいく。




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