第55話 皆で朝食を

 城から出ると、改めてカヤちゃんとビーが再会の喜びに浸るように抱きしめ合っていた。



「ホンマ懐かしいわぁ。前に会ったんは半年くらい前やんな!」

「そうですよぉ。ビーちゃんてばお仕事が忙しいって、全然帰ってきてくれないですし。おじちゃんも寂しがっていましたよ」

「すまんすまん。商売しとると時間なんてすぐに忘れてまうからなぁ。せやけど桃爺とカヤの連絡はちゃんと受け取っとったで」



 こいつでな、と懐からビーが取り出したのは手に乗るくらいの水晶玉だった。



 それも《霊具》らしく、《通信玉》と呼ばれるもので離れた場所にいても連絡が取れる便利グッズのようだ。

 結構な貴重品でそれほど数が出回っている代物ではないらしい。



「ところでアンタが『賊狩り』やったんやな。まさかカヤたちと一緒に行動しとるとは思わへんかったけど。ウチはビコウ。気軽にビーって呼んだってや」

「うむ。私もヴェッカでよい。よろしく頼むビー殿。……ところで」



 キラリと獰猛に輝くヴェッカの双眸。俺は瞬時に彼女の考えが読めた。



「お主、相当にできるようだ。どうかな、ここは一つ私と手合せの方を」

「あーちょい待ち、ヴェッカ」

「む、何故止めるのですかなボータ殿?」

「こんな街中で、ポチとやった時みてえな戦闘されちゃたまんねえっつうの」



 そんなことになったらまた牢に逆戻りだ。下手をすれば今度は国賊として認定されかねない。



「ビーも一緒に関所を越えるって言うんだし、勝負は外に出てからでいいだろ? まあ、ビーがOKしたらだけど」

「ウチは別にええで。金さえもらえるんなら」

「か、金だと!? ち、ちなみにいくらなのだ?」



 不安気に尋ねるヴェッカに対し、いやらしい笑みを浮かべたビーが言う。



「ウチは基本足元を見るタイプやしな。有り金の七割でどうや?」



 足元見過ぎだろ……。つうか足元見るって豪語するってどうよ。商人としても。



 普通そう思っていても口に出さないのが普通だと思うし。



「よし、買おう!」



 買うのかよ!? 有り金の七割だぞ七割!? 



「にゃはは、アンタも好きやなぁ。ええで、カヤとも友達みたいやし、今回は特別に無料ってことにしといたる。せやけどウチは手加減とかあんま得意ちゃうから殺しでも許してや」

「うむ、許そう」



 分からない。コイツらの会話が何故こうも成立しているのかサッパリ理解できない。

 これが気にしたら負け、というやつなのだろうか。



「ねえねえボータァ」

「あ? どうしたポチ?」



 クイクイッと俺の袖を引っ張るポチの顔はどこか切なそうで。



「お腹減ったぁ」

「あーそういや飯まだだっけか。よし、んじゃ食べに行くか」

「やったぁ!」

「何や驕ってくれるんかいな。太っ腹やなボーやんは」

「これが男の甲斐性というやつですな」

「いやお前らは自腹切れや!」



 カヤちゃんとポチはともかく、何でコイツらの食費まで面倒を見ねぇといけねぇんだよ。



「おやおや、一日心配させた女に対しボータ殿は心が狭いようですな。昨日はボータ殿を思って枕を濡らしていたというのに」

「お、もしかしてヴェッカはボーやんの女なんか?」

「ふふふ、それはご想像にお任せしよう」

「ちょっ、おいこらヴェッカ! いい加減なことを言うなっつうの! ビーが勘違いしてるだろうが!」

「ふふ、ボータ殿はこんな美少女と勘違いされるのはお嫌かな?」

「は? ……いやまあ、男の俺としては美少女と噂になって、そのまま流れのままに関係が本物になるっていうのも吝かじゃないかも」

「ならよいではありませぬか」

「ちょっ……ち、近いですよ、ヴェッカさん?」



 何故か俺の右腕を絡め取ってきて、そこはかとなく感じる温もりと彼女の胸の柔らかさ。



 これがあの伝説の会話。「当たってるよ?」に「当ててるのよ」の王道パターンというやつか!

 そ、それにしてもなかなかのワガママボディだなこやつは。うん、実にけしからん。



 これはもう少し堪能させてもらって――。



「ボータさん?」

「え……ひっ!? な、何だよカヤちゃん! 何その背中から出てる暗黒のオーラ!?」



 不機嫌ムード全開のカヤちゃん。どうやらカヤちゃんは軟派な発言は好きではないようで、いつも調子の乗った俺の言葉を聞いて注意をしてくるのだ。



「ご、ごめん冗談だってば!」



 俺は思わずヴェッカから距離を取る。



「……もう、ボータさんはもう少し硬派に生きるべきだと思います! その美少女なら誰でもいいみたいな言動はよくないですよ!」

「そ、そうかな。でも男としては……」

「ボータさん?」

「イエス・マム! 言動に気を付けます! はい!」



 これ以上抗弁したらえらいことになりそうなので止めておく。



「ぷはははは!? 何やカヤ、しばらく会わんうちにおもろなっとるやんけ~」

「ふぇ? ど、どこがですか? わたし変わりました?」

「うんうん、ええ感じや。なるほどな。桃爺がボータと一緒に旅に出した理由が何となく理解できたわ」



 ビーの言葉の意味を理解できていないようで、カヤちゃんは「は、はぁ」と小首を傾げているが、ハッキリ言って俺もよく分かっていない。



 まあ、面白くなっているのならいいと思うので下手にツッコみはしないでおく。



「ねえボータ、お腹減ったぁ」

「お、そうだったな。んじゃさっそく露店エリアにでも行くか」



 俺たちはそこで朝食を摂ることにした。



 この国に来た当初、俺は露店を堪能することなく宿探しへと向かったために堪能しなかったので、せっかくだからと皆で一回りすることに。

 その中でビーのオススメグルメとやらがあるらしいので、そこへ向かうことにした。



 辿り着いたのは一つの店で、看板を見ると《つのまん》と書かれている。



「へいらっしゃい、美味しい美味しい《角まん》お一つどうだい!」



 景気の良さ気な店主がテンション高くアピールしてくる。



 店頭に並んだ蒸籠から熱い湯気が立ち上っていて、いろいろな香りが鼻腔を刺激してきた。肉のニオイ、スパイシーなニオイ、甘いニオイと様々だが、空いた腹が異常なほど反応し始める。

 思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。



 店主が蒸籠の蓋を開けると同時に、白い湯気が一気に押し出てきて強い香りを漂わせる。

 湯気の中から現れたのは、一見中華まんのようだが、なるほど、中央に突き出ている角のような部分があって形が斬新で面白い。



 しかも角の形がそれぞれ違っているので見るだけでも愉快だ。



 店主曰く、中に入った餡によって角の形を変えているとのこと。



「美味いでこれ。この国の名物やしな! ウチも二日に一回は食べとるし!」



 確かに余程美味くなければ二日に一度口にし続けるのは至難だろう。すぐに飽きるし。

 見れば結構な種類もあるようで、どれにしようか悩む。



「おっちゃん、ウチは《角肉まん》二個と《角卵まん》一個ちょーだい!」

「ほいさ、いつも買ってくれてありがとよ、ビコウちゃん!」



 袋に三つの《角まん》を詰めてもらったビーは、金を引き換えにそれを受け取った。

 そしてすぐに一個を取り出してかぶりつく。



「はむ……んぐんぐ。んん~っ、やっぱり美味いわぁ~!」



 彼女の反応に弾かれたようにポチが注文した。



「ねえねえ、ここにあるやつぜ~んぶちょーだい!」

「へい! 全部だな……って、全部ぅぅぅっ!?」



 いやまあ、驚くよねそりゃ。俺はポチの食欲の規格外っぷりを知ってるから何もビックリしねぇけど。



「ぜ、全部って……こっちとしては嬉しいけど、お嬢ちゃんお金ある?」

「うん! ボータァ!」

「はいはい。おっちゃん、全部買うとしたらいくらくらいになる?」

「……マジで買うのかい?」

「マジでコイツ食うしね」



 呆れた感じを出しながらポチを指差す。当の本人は褒められたと勘違いしているのか笑っているが。



「そ、そうかい。えっと……これくらいになるけど」



 紙に書いて値段を教えてくれる。これなら何とか払えるので安心。

 俺はおっちゃんに金を手渡して、幾つもの袋に入った《角まん》を受け取った。



 近くにある広場まで移動し、そこで皆で食事を摂ることに。

 すでに待ち切れなかったポチは、十個以上もある袋のうち二袋をたいらげている。



 やはりコイツの食欲はどこかおかしい。



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