第56話 不穏な空気

「うわぁ、あいっ変わらず下品な食事量やでまったく。カヤも苦労しとるやろ? 食事作るのはカヤやし」

「え? わたしは嬉しいですよ。ポチちゃんは残さずキレイに食べてくれますから」



 時折ダークモードに入る以外は、本当にカヤちゃんは良い子だ。お嫁さんにしたい女性ナンバーワンなのは確実。ただ幽霊じゃなければ……だけども。



 そんなことより俺も腹が減っているので、さっそく一つの袋から一個の《角まん》を取り出す。



「へぇ、これは角の先がまんが肉みてぇになってて面白ぇなぁ。確か《角肉まん》だっけ



 ――ガブリ。



「あっち。はふはふ……んぐんぐ。うん、これは美味ぇ!」



 日本にいた時もよくコンビニで中華まんを買って食べたけど、食感と味の濃厚さは断然こっちの方が上だ。



 モチモチとした肉厚の衣の中には、溢れ出る肉汁をたっぷり含んだ餡が隠されてある。

 皮と餡のバランスも良く、これほど美味い肉まんは今まで食べたことはない。



 このアツアツさ加減も抜群で、これにマスタードをつけるとさらに癖になる味を演出してくれるはずだ。残念ながらマスタードの存在は見当たらないけど。



「どや、美味いやろ?」

「ああ、あんがとなビー。これはナイス発見だ!」

「へへ~、褒めても何もでぇへんよ」



 とは言いつつ照れ臭そうにしているが嬉しさが表情に出ている。



 自分が自信を持って紹介する食べ物を、他の人にも気に入ってもらえると嬉しいのはどこの世界でも同じようだ。



 他にも《角野菜まん》や《角ピリ辛まん》、それに《角茸まん》など、どこかの超人ヒーローに出てきそうな名前だが、どれも間違いなく美味く、あっという間に四個もたいらげてしまった。



 まあ、すでに三十個目を完食しているチビがすぐ傍にいるが。って、まだ食っとるし。



「最後はやっぱこれだよなぁ」



 取り出したるは、最後の締め。甘いデザート系の《角まん》――《角ココアまん》。



「ん~このココアの香りに……はむ。……この時々コリコリとした食感」



 これはクルミだ。ココアで作った餡に砕いたクルミを混ぜ合わせたのだろう。



 俺的にもう少し甘くて良かったが、これはこれで食べていると落ち着く気分を味わえる大人の時間である。

 見ればポチたちも満足したようでほっこり笑顔だ。



 こうして腹ごしらえをしたあと、皆で露店を回り三時間を費やしてから再び城へと戻った。



「――あれ? 城門が閉じてるな」



 何故かそれまで開いていた城門が固く閉ざされ、門前に佇む兵士たちの顔つきに緊張や焦燥などが見られる。



 さっきまでと雰囲気が全然違うな。……何か城中であったのか?



 まるで城の中でのっぴきならぬ事態が起きたような様子を感じさせた。



「変やな。裏門の方から回ってみよか」



 ビーの提案に乗り、俺たちは城の裏手にある門へと向かう。

 しかしやはりといったところか、裏門にも兵士が立って近づく者たちに厳しい視線を送っている。



 普通なら尻込みしてしまうような雰囲気ではあるが、ビーはお構いなしといった感じで近づく。



「あんな、グレイクのおっちゃんを呼んでほしいんやけど」



 すると兵士たちの顔つきがさらに厳しくなり、ビーを睨みつけてきた。



「グレイク様を……おっちゃんだと?」

「いや、ちょっと待て。その者たちは先程地下牢から出された者たちじゃないか?」

「む? そういえば……」



 兵士たちが俺たちの顔を覚えていたのか、ジーッと見て敵意を潜めた。



「なあなあ、グレイクのおっちゃんを呼んでぇや」

「できぬ!」

「はあ? 何でやのん! ウチらはおっちゃんに呼ばれて来てるんやで!」

「できぬものはできぬ。即刻に立ち去れ!」

「何やねんそれぇ!」



 再び膨らむ敵意。というよりは余所者を近づけさせるかといった意志を感じる。

 納得ができないで唸るビーを尻目に、俺は冷静に城を観察していた。



 ……このどこか物々しい雰囲気は一体。この三時間の間に何かあったのは確実だな。あのグレイクって人が出て来れない事情があるってことか。



 今の役目は牢屋番で、そこそこ自由が利くように思えたのに……。彼が動けない事態が起きているということだけは何となく理解できた。



 誰か大物が囚われたとか? それとも王族の誰かが病に?



 いろいろ考えられるが確証はどれもない。

 ただこうなったら通行手形を受け取るどころの話ではなさそうだ。城中が落ち着くまで待つしか……。



「ああもう、かったるいわ! そこどきぃ! ウチが直接グレイクに会う!」



 とんでもない行動を起こし始めるビー。



「わっ、こらこらビー! ちょっと落ち着け!」

「ちょっ、放しぃやボーやん! ウチらを呼んどいて一方的にドタキャンとか納得できるかい!」



 俺は彼女を後ろから羽交い絞めをしながら、力ずくで城門を渡ろうとする彼女を制止する。



「ビーの気持ちは分かるから! だからここは俺に任せてくれって!」

「はあ? ボーやんなら何とかできんのん?」

「何とかっつうより……まあとにかくここは任せてくれって」



 しばらく俺を疑わしそうに見ていたビーだが、「……しゃあない」と言って渋々引き下がってくれた。

 俺は大きく溜め息を吐いてから、兵士たちの前に立つ。



「あのぉ」

「何だ、まだ何か用があるのか? それ以上仕事の邪魔をするなら今度は全力で――」

「――あっ」



 俺は上空を見上げて何かを発見したように声を上げた。

 するとその場にいる全員もまた釣られて顔を上げる。



 ――ちょっともったいねぇ気がするけど。



 俺はポケットに手を突っ込み、一枚の〝外道札〟を手に取る。

 そしてすばやく思念を札へと送り――発動した。





《心の耳》 属性:無


 効果:対象一人に対して有効。発動すれば、その者の心の声を聞くことができる。ただし制限時間は三分間。また発動している間は〝外道札〟に触れていなければならない。



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