第44話 目をつけないでほしい

「と、とにかく顔を上げてはくれないだろうか。こちらとしてはポチ殿が真剣に手合せをしてくれたのだから何を言おうとも思わない! 感謝だけだ!」

「そう言ってくれるなら助かるんだけどな」

「ひっぐ……ぐすっ」

「ああほらポチ殿、酷い顔になっていますぞ」



 ハンカチを取り出し、ポチの顔を拭いてやるヴェッカに感動すら覚える。この子はきっといいお母さんになるだろう。

 そのあとに、ポチが怯えた感じで俺を見つめてくる。



 うっ、幼女に怖がられるのはさすがに心が痛むな……。



 まあ結構本気で叱った感じになったからしょうがねぇとは思うけど。



「悪かったな、ポチ。怒鳴っちまって」

「う、ううん。だって……ちょっとやり過ぎたのは事実だから」

「そっか。ちゃんと分かってんならそれでいいんだ」

「ん……ふぁ」



 頭を撫でてやると「えへへ」と、機嫌が良くなるポチ。チョロイン過ぎるぞポチ。俺は君の将来が不安だ。



「しかしポチ殿には驚いた。まさかあのような技を持っているとは……。しかもまだ全力ではなさそうだ。魔獣と聞いておったが、かつて私が戦ったことのある魔獣とは似ても似つかぬ力だった」

「ヴェッカも強いよ! こんなに楽しかったのは久しぶりだもん!」

「ふふふ、ではもっと精進するとしよう。ポチ殿が全力を出せるような武人になってみせる」



 向上心の強い女の子だ。まさしく武の志を持つ豪傑といったところだろうか。



「タフだなぁ。俺だったらあんな技見せられてまた戦おうなんて思わねぇんだけど」

「強き者と戦いたいというのは武人としての性分ですからな。だから是非ともボータ殿にも手合せを願いたいのですが」

「だ、だから俺は弱いって言ってんだろ!」

「でもボータさん、この前の街で開かれた武闘大会の優勝者ですよね」

「ちょっ、カヤちゃん!?」



 ここでそのぶっ込みは危険過ぎるよ!

 ほら見て、ヴェッカなんて「ほほう……」と目を輝かせてんじゃんか!?



「それにポチちゃんにも毎回勝ってますし」

「だからもう止めてぇ! カヤちゃんのその天然っぷりは可愛いけど、一種の地雷でもあるからさ!」

「そ、そんな可愛いだなんて~」



 照れてる場合か!?



「ふふふ、ボータ殿」

「な、何でございましょうか?」

「まさかこの私がその強さを見抜けなかったとは。ふふふ、これは何が何でも我が槍と勝負を――」

「あ、ズルい! ボクだってボータと勝負したい! ねえねえ、ボクとしようよー!」

「いえいえ、ここは私と! きっと気持ち良くなりますから!」



 それは天に召されるといった感じでしょうかぁぁっ!?



「だ~か~ら、俺は弱いって言ってんだろうが! ポチに勝ったのだって策を使って毎回勝ってるだけだ!」

「ほほう、策とな」

「そうだよ。俺は武人じゃねぇ。どっちかっつうと人の不意をついたりするのが得意なタイプだ!」

「そのようなことを胸を張って申されても……」



 俺は胸を張る。楽に確実に勝てるならそれが一番じゃないか。



 卑怯? ハッハッハ、勝てば官軍なのだよ!



「だから手合せとかは断る! 平和が一番だしな!」

「むぅ……残念ですな」

「ボータは分からず屋だからねー」

「お前に言われたくないわい、おバカポチめ!」



 おバカと言われて頬を膨らませて上目遣いで睨んでくる。全然怖くないし、むしろ可愛くてつい頭を撫でてしまう。



 するとにへら~と笑ってくる。本当に簡単な奴だ。



「そういやヴェッカ」

「何ですかな、ボータ殿?」

「確か旅の目的って武者修行だけじゃなくて、主を探すとか言ってたよな?」

「その通り」

「もしかしてこの乱世で名を上げようと?」

「うむ、それもあるが、我が槍を弱き民たちのために振るいたいのです」

「なるほど。それで主探し、ね」

「? どういうことですか? 槍を振るうだけなら一人でもできるんじゃ……?」



 カヤちゃんが小首を傾げながら聞いてくる。ポチも分かってない様子だ。



「確かにカヤちゃんの言うように、一人でも民のために力を尽くすことはできるだろうな」

「そうですよね。では……」

「だけどそれには限界がある」

「限界……ですか?」

「ああ。人一人でできることなんてタカが知れてるしな。でも仲間がたくさんいれば、自分の力を最大限にかつ効率よく使うことだってできるはずだ。そうすれば、一人で力を振るうより多くの民を救うことだってできる」

「な、なるほどぉ」

「また主が必要ってことは、ヴェッカは人の上に立って導くというよりは、武で主の進む道を支える方が自分に合ってるって判断してるってこと。つまりは王ではなく将の立場で名を上げたいってことだと思うぞ」

「「ほ、ほえ~」」



 カヤちゃんとポチが揃ってポカンとしている。対してヴェッカもまた目を見開いたまま俺をジッと凝視していた。





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