第40話 戦の光景
「――っ、よしよし、きたきたぁぁっ!」
俺は目一杯両手に持っている《司気棒》を引っ張り上げる。その先から出ている糸は、目の前にある川へと伸びていた。
バシャバシャバシャッ!
糸が水面を切るように激しく動き回っている。
「が、頑張ってください、ボータさん!」
「いっけぇ! ボータァ~!」
二人の応援を背に受け、俺は全力で《司気棒》を引く。すると川から水しぶきとともに大きな魚が飛び出てきた。
「「「おお~っ!」」」
見た目は鮭。その大きさも体長でいえば一メートルくらいありそうだ。
額に角のようなものが生えているが、カヤちゃん曰くホーンサーモンと呼ばれる鮭の一種らしい。
ちょうどこの時期には川を下り海へと向かうとのこと。だから先程から入れ食い状態だったりする。
「うっしゃあ! これで十匹目ぇっ!?」
「「イエーイ!」」
カヤちゃんたちも喜んでくれている。これだけ獲れば、大きさも大きさなのでポチだって満足してくれるはずだ。
さっそくカヤちゃんが調理に入ってくれる。それを俺も手伝いながらポチは涎を垂らしながら待っているという構図。
「凄いよねぇ、ボータって釣りも上手かったんだぁ」
「ハッハッハ。こう見えても小さい頃は天才釣り少年ボーちゃんって呼ばれたもんよ!」
「おお! 何かカッコ良い~!」
「ハハハ、そうだろそうだろぉ!」
まあ、ほとんど自称だったような気もするけど、別にそこは問題にするようなことじゃないはずだ、うん。
「う~ん、でもボータさん。おじいちゃんからもらった《司気棒》を釣竿にして怒られないですか?」
「何を言うカヤちゃん、生活のために使われてんだし、コイツだって喜んでるはずだ!」
それにこの釣竿もとい木の棒は、強度は折り紙つきなので安心して使える。いやぁ、便利なもんをもらったもんだ。
「それに俺は使えるもんは親でも使う主義だ!」
「おお! 何かカッコ良いよボータ!」
「それはどうかと思うんですけどぉ……」
この中で唯一の良心であるカヤちゃんには、俺の考えというものにあまり賛同できないようだ。ポチは単純なので基本的に俺を支持してくれるが。
「んなことより早く飯にしようぜ! ポチも腹減っただろ?」
「うん! 減ったぁ~!」
「うふふ、はいはいもうすぐ出来上がりますから待っててくださいね~」
――数分後。
河原に設置された小さなテーブルと椅子がある。
さて、どこからこんな家具を用意できたのかというと。
それはカヤちゃんの持つ《霊具》――《何でも入れちゃい
この中にはいろいろなものをカヤちゃんが詰め込んであるらしく、他の《霊具》や、このテーブルや椅子なども数多く収納されているのである。
「「「いただきまーす!」」」
三人で手を合わせて食事を頂くことに。
まずはオーソドックスな《ホーンサーモンの塩焼き》を食べよう。
「あむ……んぐんぐ、美味い! この塩加減にほどよい脂身がちょうどいい!」
味もまさしく鮭なのだが、生臭くなく少し癖のある風味が口いっぱいに広がりとても美味い。
「よぉし、次はこの刺身だよなぁ。やっぱサーモンっていったら刺身だ!」
もしくは寿司。さすがに今の時代、米を手に入れるのはなかなか難しいらしく寿司など豪華過ぎて手が出ないようだが、こうやって刺身なら手間もかからず食べることができる。
「ん~っ! この舌の上でとろける感じがサーモンって感じだよなぁ」
「あ、ボータさん、こっちの《ホーン揚げ》も美味しいですよ?」
「んどれどれ、はぐ…………んおぉっ!?」
名前の通り、額から生えている角を油で揚げたものなのだが、まるで海老フライのような食感と味が舌を刺激してくる。しかも……。
何だ? この濃厚な液体は……?
半分ほど齧って中を確認すると、角の中から茶色い液体が流れ出てきていた。
「それは《角味噌》と呼ばれる、メスのホーンサーモンにしかない内臓の一部ですね」
それはまるで《カニ味噌》と同等の風味と濃厚具合だ。それが周りのサクサクとした衣と合わさってマジで癖になるほどの味わいになっている。
「さすがはカヤちゃん、一匹の魚をこうまで美味く調理するとは……くぅ、幽霊でなけりゃ嫁候補だというのにぃ……」
「はい? 何か言いましたか?」
「いやいや、いつも美味い料理をあんがとカヤちゃん!」
「えへへ、お二人は美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐があります」
嬉しそうに微笑む彼女。本当に何故彼女は死んでいるのだろうか。ああ、もったいない。こんな半端ない少女が嫁だったらなぁ。
ポチも一心不乱に料理にかぶりついている。すでに五匹分の魚をたいらげていた。コイツの食欲も半端ない。
そうして食事を終えると、ポチも満足したようで幸せそうにお腹を膨らませて横たわっている。
俺とカヤちゃんは、川で食器などを洗いながら何でもない会話を続けていた。
そんな最中――ドゴォォォン!
「っ! ……今爆発音しなかった?」
「は、はい。近い……ですかね?」
川の向こうは木々が生い茂る森になっており、音はそちらから聞こえてきた。
「……ポチ、確かめてきてもらっても……ムリか」
満腹状態の彼女は涎を垂らして寝息を立てていた。こうなったらなかなか起きないのは知っている。
「しょうがねぇな。何が起きてんのか大体予想はできるけど、一応確かめておいた方が良いか」
「へ? 何が起きてるのか分かるんですか?」
「ま、世界情勢のことを知ってりゃ、な。カヤちゃんは、ここにいてくれる?」
「一人で偵察に?」
「まあね。俺たちがこれから向かう方向に沿ってるし、確認しておいた方が良いと思う」
「分かりました。ポチちゃんの傍にいますね」
「ん、そうしててくれ」
俺は岩を跳び越えながら、川の向こう岸へと素早く渡って森へと入っていった。
どんどん進んで行くと、前方から大勢の気配が強くなってくる。
これは……人の声? それに魔力も感じるか。
ちょっと只事ではなさそうな雰囲気を感じ取り、誰かを尾行するような動きで身を隠しながら進んで行く。
そうして二百メートルほど進んだその先でギョッとする光景が繰り広げられていた。
――っ!? こいつらは……!
俺が立っているのは崖の上で、眼下では二つの勢力と思わしき者たちが、手に武器を持って争っていた。
演習などではない。明らかに戦う者たちからは殺意が迸り、大地の上ではすでに事切れている者もいる。
――戦だ。
今の日本で考えられない光景がそこにはあった。
「……やっぱ、な」
桃爺から、今の世は乱世だと聞いていた。
故にこの状況は珍しくもないということ。だからこそ、爆発音を耳にした時に、もしかしたらと思ったが、ズバッと的を射ていたようだ。
「にしても、マジで殺し合いじゃねぇか」
戦争映画などで見たことある光景よりも凄惨なものだ。当然だろう。映画と違って、本当に命を懸けて戦っているのだから。
誰だって死にたくはない。だから殺そうとしてくる相手を殺す。
それが異世界の常。
一方は鎧やローブなどを着用した者たちが集い、部隊となって戦い、一方は全員が白い衣を纏った上で、剣や盾などを駆使してただ部隊へとバラバラに突っ込んでいる。
「うわぁ、何も考えずに突っ込んでるだけじゃねぇか」
闇雲に魔法などもぶっ放しているようだ。まあ、魔法を使える者たちも限られているようだが。
見れば白衣の者たちの勢力はすでに押されていて、数も少なくなっている。
部隊の方がどちらかというと戦い慣れている印象もあるし、バラバラに動く白衣たちに負ける道理はないだろう。
ただそれにしてもどちらもお粗末な戦い方だとは思う。
部隊の方だが、もう少し戦術を考慮すれば、もっと楽に相手を制圧できるはずだ。
「この世界の戦争ってのは戦術家っていねぇのかな?」
いわゆる軍師と呼ばれる存在である。どうもそのような存在がいるような戦い方には見えない。
しばらく見ていると、白衣の者たちが勝つのを諦めたのか今度はバラバラに散って逃げていく。悲鳴を上げ逃げる彼らを、怒号を轟かせ追って殺す者たち。
逃げる奴まで殺すのか。容赦ねぇな。
「……これが俺が今いる世界の現実、か」
白衣たちを殲滅し、勝鬨を上げる部隊。
この戦いだけで数百人は死んだだろう。
俺は肩を竦めると、終わった戦場を一瞥してからカヤちゃんたちが待つ場所へと戻っていった。
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