第25話 ポチと対決!?
次に呼ばれたのがポチだった。
勢い勇んでポチは舞台へと上がり、彼女の相手は木剣を持った精悍な顔つきの男だ。
周りからは「可愛い~!」や「相手の奴ぅ、手加減してやれよ~」などなど、ポチを擁護するような声が多い。
あ~あ、多分試合が始まるとこのざわつきが一瞬で収まるんだろうなぁ。
何てことを考えている間に銅鑼がなり――。
「ぶぴっ!?」
刹那にして、不気味な声とともに男が視界から消えた。
同時に静寂が場を支配する。
「あっれぇ~? もう終わりなのぉ?」
ただ一人、舞台の上にいるのはポチだけ。彼女は不満気に口を尖らせている。
そんな彼女の視線の先には、吹き飛ばされて建物の壁にめり込んでいる男がいた。
「あのバカ……やり過ぎるなって言ったのに……」
「あはは。まあポチちゃんですから」
カヤちゃんもさすがに顔を引き攣らせている。
今ポチがやったことは至極簡単なこと。接近して腹に拳を入れただけ。
ただその速度と威力が異常なだけである。
きっと吹き飛ばされた男には……いや、ほとんどの者には何が起こったか分からなかっただろう。
大会を開いた領主も周りを見たあとに、男の存在を見つけて呆けてしまっている。
実況の女性ですら言葉を失って瞬きを失っていた。
俺が皆を現実に引き戻すために大きく咳払いをする。
すると実況の女性がハッとなり、
「え、え~っとぉ……しょ、勝者はポチ選手でぇぇぇすっ!」
「ブイブイブ~イ!」
舞台の上でにこやかにVサインを俺たちに向けてくるが、自分が規格外のことをやったということをいまだ理解していない様子なのは間違いない。
ほれ見ろ、観客もまだこっちに戻ってきてねぇじゃねぇか。どうすんだよ。
ポチに全員から奇異の視線が送られている。自分が称えられているとでも勘違いしているのか、大手を振りながら俺たちのところへ戻ってきた。
「へっへ~ん! 勝ったよぉ~!」
「あ、うん……まあ、当然だよな……はは」
「そ、そうですね。ポチちゃんですし……」
これで確実に注目されたポチ。まだ子供の見た目なのに、その身に秘める強さを悟り、参加者たちが彼女に注意を向けている。
またポチと次に対決するかもしれない相手が次々と棄権していく。とても勝てないと思ったのだろう。
いや、もしかしたら公衆の面前で子供に負けることが嫌なのかもしれない。今のうちに、逃げ出すというのも一つの手ではある。
うん、俺だってポチ相手なら逃げるし。分かるぞぉ、その気持ち。
いなくなった参加者たちに激しく同感できた。
ただそこで気になる声が聞こえてきたのだ。
「おい、あの黒髪。とんでもねぇ嬢ちゃんと仲良さそうだぜ」
「もしかして兄妹か? いや男の方は人間だし」
「けどアイツ、さっきの試合で手も触れずに勝ってたぜ?」
「ま、まさかあの嬢ちゃんの師匠とか?」
「マジかよ! 何でそんな強え奴がこんなとこにいんだよ! つうかまだ子供だろ!」
「それ言うならあの嬢ちゃんはまだ十歳くらいじゃねぇか!」
「なら男はもっと強えってのか。勘弁しろって」
などなど、どんどん有り得ない方向で勘違いの声が広がっていく。
こ、これ棄権とかしたら派手にブーイングとかされるパターンなんじゃね?
マズイ! 自分の預かり知らないところで勝手に外堀が埋められていってる!?
このままでは棄権はおろか、無様に敗けることも容易くできなくなる。
ならここはベタだが仮病の腹痛で――。
「では決勝戦を始めます! ポチ選手とシラキリ選手! 舞台の上へどうぞぉー!」
………………へ?
何でまだそんなに時間経ってないのに決勝?
僕意味が分からなーい。
強張ったままの表情で実況席に説明を求めるという表情を見せつけると、実況の女性が親切にも説明してくれた。
「ええ、実はですね。ほとんどの参加者たちが棄権をするということで、残ったのはシラキリ選手とポチ選手だけになりました!」
「嘘だろぉぉぉぉぉっ!? 嘘だって言ってよぉぉぉっ!」
「わぁ~い! ボータと戦えるぅぅ~!」
「ちょっと君は黙ってなさい! ああもう、何でこんなことにィィィィッ!?」
「うふふ、お二人とも頑張ってくださいねー!」
「ああ、激励なんかしないでカヤちゃん! 俺は今物凄く腹というか胃が本当に痛くなってきたんだよぉ!」
しかしポチに手を掴まれ「早くいこーよー!」と強制的に移動させられてしまう。
「ああくそぉ、放せぇ! 俺はまだ死にたくねぇぇぇ!」
「ダイジョーブ! ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
「何がちょっとだけだぁ! そのちょっとだけで十分に殺傷能力あんだろうがよぉ!」
「えへへ~そんなに褒められると照れちゃうよぉ~」
「褒めてねぇぇぇぇぇぇっ!」
そうこうしている間に、逃げる状況ではなくなった俺。
周りでは、稀に見る強者同士の戦いを目に焼き付けようと観客たちが見入っている。
その中に棄権した参加者たちもちらほらと。
覚えてろよてめえら。もう少してめえらが時間稼げてりゃ、俺もそっちに立てたのに……。そしたら今頃のほほんと観客の立場にいたはずだった……。
「よ―し! 踏ん張るぞぉ!」
目の前にはやる気満々のお子様。しかし歳は俺より遥かに上。実力も雲の上のごとし。
あれ? 俺マジで死なんよね?
こ、こうなったらブーイングが何だろうがわざと場外に出て……。
そうしないと死ぬ。マジで。
殺気みたいに男がくらったパンチを受けたら多分……内臓が破裂するし。
だからもう二位としての賞金もいらないから逃げさせてほしい。
「では決勝戦! 始めてください!」
始まってしまった。と同時に、獲物を見つけた獣のように獰猛に瞳が光るポチ。
「いっくよー、ボータ」
「く、来るなバカ!」
と言い聞かせようとしてもムダなのは分かっている。
それよりも一息で懐へと入ってきてるんですけどぉぉ!?
一瞬にして俺に接近したポチが拳を突き出してくる。
「うわっほぉっ!?」
俺はそれを身体を捻って回避する。
その行為を見て、観客たちが感嘆の溜め息が零れた。
よくぞ避けたという感じだろうか。
「わお、さすがはボータ! んじゃ、ちょっと……マジでいい?」
「よくねぇぇぇぇぇっ!?」
何そのボータなら全力出しても大丈夫だよね? 的な目は!?
「わっ、ちょっ、だっ、ひぃっ、にょわぁっ!?」
「ああもう、当たらないぃ~! ちょっとムッってしてきたぁ」
「はあはあはあ……いやいや、当たったら死ぬかもしれねぇだろうが! つうか死ぬ! 痛いのは嫌―っ!」
「一発だけ……一発だけだから……一発だけ当たってよぉ、ボータァ」
「何なんだよそのヤンデレっぽい発言はぁ!?」
マジでアカン! こいつ目が逝っちゃってるっぽい! このままじゃ下手したら元の姿に戻っちゃうかもしんねぇ!
そうなればいろいろ説明が不可能になる事態になりそうだ。
けど話して聞く奴じゃねぇし……。
「いくよ……ボータ」
ポチの両手両足が魔力を纏い光り輝く。
ああダメ! もう時間がないぃ~っ!
「こ、こうなったらぁ!」
俺は咄嗟に懐に手を入れて、あるものを取り出し、
「ほぉぉれぇぇぇっ、ご褒美だぁぁぁぁっ!」
全力で舞台外へと放り投げる。
ポチもまたそれに視線を送り……何故か目をキラキラと輝かせて笑顔を浮かべ、そして風のような動きで俺の脇を通り過ぎると、大きく跳び上がりソレを口で咥えた。
彼女が加えたソレは――骨。
そのままクルクルと身体を回転させながらスタッと地面の上へ降りた。
「「「「…………え?」」」」
誰もがその光景を見て唖然としてしまう。
それはそうだろう。何故なら――。
「にゃははははは! 俺のしょぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃっ!」
高笑いして勝利宣言をする俺と、舞台外の地面の上で骨を頬張ったままのポチ。
ようやく自分がどこに立っているのか理解したらしいポチがポトリと骨を落としハッとなる。
「ズ、ズ、ズルい! ズルいよ、ボータァァァァッ!」
「はっはっはっは! 好きなだけほざくといいよ、負け犬くん! だが真実は俺が勝って君が敗北者だ! ナッハッハッハ!」
そう、この試合のルールに則れば、間違いなく場外に出てしまったポチの敗北なのだ。
「うっぬぅぅぅぅ~っ」
大きく頬を膨らませて恨みがましい視線を向けてくる。
さすがにちょっと卑怯過ぎることをしてしまったかもだが、あのまま本能のままに行動されれば間違いなく面倒なことになっていたのも事実。
逆にその本能を利用したナイスな作戦だと誰か褒めてほしい。
あ~でも良かったぁ。死なないで良かったぁ。
あれ? 俺結局ほとんど何もしてねぇけど……優勝しちまったよ。
ていうか優勝宣言はまだかなぁ。
そう思っていると……。
「んだよ今の! しょうもねえ試合すんじゃねえよ!」
「そうだそうだ! こっちは熱いバトルを見たいんだぞ!」
「今のは無しだ! もう一回戦えぇ!」
「そうだよぉ! 戦えボータのバカァ!」
周りがヒートアップしだした……。
「おいこらぁ、好き勝手ほざくなよな! これも作戦勝ちなんだよぉ! つうかポチ、野次馬と一緒になるなアホ!」
だったらお前らが戦ってみやがれや! 俺がどんだけ神経すり減らしてたと思ってんだ!
「でもぉ! 今のじゃ納得いかないよぉー!」
「あのな! 勝負ってのは結果なんだよ! 戦いの最中に骨に夢中になったお前が悪いんだろうが!」
「うぅ……だけどぉ」
しょんぼりと項垂れるポチ。
「おいこらぁ! こんな可愛い子を虐めんなぁ!」
「そうよ! 何あの男、幼気な少女を虐めて楽しいわけ?」
「きっと変態よ変態。ああ信じられないわ」
「こうなったらストライキだ! アイツを認めるなー!」
…………泣いていいですか。
何? 何なのこの状況? 俺頑張ったよね? 死にそうな目に遭いながら、ようやく勝機を見い出して、それを実行しただけだよね?
それなのに何でこんなにも周りからブーイングされにゃいかんのだ!
「ええい! 納得できるかー! 俺が勝ったんだ! それでもう試合は終わりだアホどもめー!」
「アホとは何だ! 一般人を舐めんなよ小僧が!」
「何が一般人だ! 一般人なら黙って見学してろバーカバーカ! 豚のケツ~!」
「ぬわぁんだとぉぉぉっ! もう勘弁ならねえっ!」
「一般人の底力、見せてやろうぜ!」
「そうよ! こんな結果認められないわ! 一般人にも誇りがあるのよ!」
「よっしゃ、一般人全員でアイツに俺たちの力を思い知らせてやろうぜー!」
一般人が次々と舞台へ上がってくる。ていうか一般人一般人うるせぇ。
「な、何でこんなことにぃぃぃっ!? おわぁぁ、追いかけてくるなぁぁぁぁっ!」
「「「「待ちやがれ小僧ぉぉぉっ!」」」」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺は一目散にその場から逃げ出した。
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