第20話 霊具を授かる
時が止まったように静まり返る現場。
桃爺以外は、必死で働いて貯めた金で購入したばかりの一軒家が、翌日に放火されて焼却した姿を見たような感じで呆けてしまっている。……いや、そんな感覚、実際経験したことがないから分からないけども。
とにかくそれだけ驚くようなことを彼が言ったということだ。
「っ……も、桃爺、アンタ何言って……」
「そうですよ! 何言ってるんですかぁ! わたしがいなくなったらご飯とかどうするんです!?」
俺の言葉にかぶせてきたカヤちゃん。
彼女の言葉に対し、冷静に桃爺が答える。
「問題ないわい。そろそろケンケンも帰ってくる頃だしのう」
確か、ケンケンってのは桃爺のお供――
「だからといってですね……」
「それにカヤよ、お主は以前、この広い世界がどうなっているのか、自分の足で周り、自分の目で見たいと言うておったじゃろうが」
「そ、それは……」
へぇ、そんなこと言ってたんだ。初耳だ。
「しかし優しいお主は、儂が寂しくないようにと一緒におってくれた。感謝しておるよ。ありがとうのう」
「おじいちゃん……」
「親心……に似たもんじゃろうな。お主には、世界を見周り成長してほしいと思うておる。そうすればいずれ……」
最後の言葉が聞き取れなかったが、何故か追及できない雰囲気を感じさせた。
彼の視線が俺へと向く。
「シラキリよ、どうかこの子を……いや、カヤとポチもともに連れて行ってやってくれ」
「ボ、ボクもいいの!?」
名指しをされて目を丸くするポチ。いいのと聞いたってことは、行きたかったって解釈でいいのだろうか。
「お主がおれば、大抵の魔物が襲ってきおっても乗り切ることができるじゃろうしな。言ってみればボディーガードじゃ」
「おお! つまり昔みたいにモモを守る感じだね!」
「うむ、そういうことじゃ」
今の言葉で、昔はポチの方が強かったらしいことが分かった。
「でもモモ、だったらモモも一緒に行けばいいんじゃないの?」
「……それはできん。儂にはここを……カヤやお主が帰る場所を守らねばならんからのう」
「おじいちゃん……」
「モモ……」
二人は感動したように目を潤ませているが、俺は別のことが気になっていた。
桃爺の目、気のせいかな。何だか申し訳なさそうな感じがしたけど……。
理由は分からない。ここがカヤちゃんたちの帰る場所という意味意外に、何かが含まれていそうな気がした。
「それにシラキリ」
「……! へ、俺?」
今度は俺にきたのでついハッとなった。
「お主ならば、カヤたちを不幸にせんと思うしのう。この子たちもお主によう懐いておる」
「は、はい! わたしはその……ボータさんのこと好きですよ!」
「ボクもー! 大好きだよボータ!」
女子にここまでストレートに好意を持たれるなんて……。
「……あれぇ? 何で泣いてるのぉ、ボータ? どっか痛いの?」
「あわわ! 薬箱取ってきましょうか!?」
「こ、これは涙じゃない。心の汗なんだ」
「へぇ、心って汗かくんだぁ」
「わ、わたしも初めて知りました! よ、要チェックですね!」
純粋で単純な二人は見事に俺の言うことを納得してくれた。
けど感極まって涙が出るとは。
生きてて良かった。女子に好きとか言われた。それが友達に向けるものだとしても、言葉として聞けて良かったぁぁ。
今まで好きという言葉を聞いたことはある。
『僕はボータのこと、大好きだよ』
……誰が言ったか分かるかい? そう――あの
お前はモテていいよなぁ、俺はモテねぇし羨ましい限りだ。的な話をしたあとの彼の言葉だった。
そのせいで、たまたま近くで聞いていた女子がたまたま腐っていたようで、あとは言わなくても分かるだろう。そういう噂が学校中に広がってしまったのだ。
鎮火するのにどんだけ労力を費やしたか……。ああ、思い返せばまた腹立ってきた。
「何で今度は顔を真っ赤にして震えてるの、ボータ? 顔がちょっと怖いよ?」
「これは心がマグマ化してんだ、熱くな」
「へぇ、心ってマグマにもなるんだぁ」
「そ、それも要チェックですぅ!」
この怒り、いつか晴らしてやる! 待ってろよ、京夜ぁ!
「……さて、一週間後に旅立つと言うておったのう」
「え、あ、ああ」
「ならちょうどええ。コレを渡しておこうかのう」
そう言って彼が机の引き出しから取り出したのは、長方形型の平べったい黒い箱。
蓋を開けて中から取り出したのは――。
「――――木の棒?」
いやいや、まさかぁ。
「うむ、木の棒じゃ」
木の棒だった……。
ていうより木の枝といった方がしっくりくる。俺が小さい頃は、道端とかに落ちていたこんな感じの手ごろな木の枝を拾って、剣代わりにして遊んでいた。近所の家の壁をガリガリ先端で傷つけたり、「スラーッシュッ!」とか叫んで、花を斬ったりしていたのだ。
懐かしい思い出である。ちょっと恥ずかしいけど。
「えっと……いらないんだけど」
さすがにこの歳で、木の枝を振り回して遊ぶ気はない。
「バカモン、普通の木の棒なわけがないであろうが」
ですよねー。大切そうにしまわれていたし。
コレが何かよくは分からないが……。
「もしかして《
「さすが勘だけは鋭いのう」
勘だけとは何事だ。他にも良いところはいっぱい……あるといいなぁ。
すぐに思いつかない時点でダメかもしれない。
「コレは――《
「こんな何の変哲もなさそうな枝がなぁ。ちょっと力入れたら折れそうだし」
「なら折ってみるとええ」
桃爺から《司気棒》を受け取ると、「本当にいいんか?」と改めて確認を取るが、桃爺は「できるもんならのう」とだけ言う。
ならその自慢げな鼻っ柱を折ってやると思って力を込める――が、ビクともしない。
まるで鉄でできているようにいくら力を入れてもヒビすら入らないのだ。
それでいて木の感触があるのだから不思議だ。
「なるほど、これが《霊具》ってわけか」
不思議グッズというわけだ。理解の範疇を超えてしまっている。
「それを授ける」
「え? いいの? 貴重なもんなんじゃ」
「稀少度でいえばAは下らんのう」
「……売ればいくらになるかな?」
俺は目をキラキラと輝かせながら聞くと、桃爺が頬を引き攣らせる。
「た、頼むから大事にしてくれ」
「い、いや別に売るつもりはないって! うん、本当……だよ?」
しかし三人のジト目が俺を射抜いてくる。ああ、まったく信じてもらえない。
ま、まあ確かに最悪金に困ったら売ろうかなとか思わないでもなかったけど。
「はぁ。お主は防御に関しては儂すら舌を巻くほどじゃ。特に回避能力はのう」
ハッハッハ。だって痛いのやだしな。避けるのは得意なんだ。いまだにポチの|遊び(鬼ごっこ)でも一撃もくらってねぇし。
「しかしこと攻撃に関していえば、いや、言わずとも分かっておると思うがのう」
確かに俺の攻撃手段は基本的に徒手空拳だ。〝外道札〟を使えば魔術めいた攻撃も可能だけどもったいないので使いたくない。
それに殴り合いだって、若干体力があるだけで喧嘩慣れしているわけではないし、魔物に俺のパンチが効くかどうかって尋ねられたら首を傾げないといけないだろう。
「代わりにそれがあれば、使い方次第で攻撃にも防御にも転じることができるじゃろう」
「大気を操る……か」
なるほど。まだ使ってみないとハッキリしたことは言えないが、大気の流れを操作できれば、いろいろ役に立つかもしれない。
「この一週間は、その《司気棒》の使い方を伝授してやろう」
「おお、何から何まであんがとな、桃爺!」
「なぁに、傍にカヤを置くんじゃ。男として少しは頼りになってもらわんとな」
親バカ発言だなぁ。それだけカヤちゃんのことを大事に思ってるんだろうけど。
つまりこの力でカヤちゃんを守れってことなんだな。
俺にしても今は家族同然の彼女を危険から守るのは吝かではない。
幽霊の彼女だが、普通に魔法を受けたりするしな。打撃系は効果ないけども。
「ん、分かった。なら最後の一週間、よろしく頼むよ」
実際一人で旅立つよりカヤちゃんたちがいた方が楽しそうなのは事実だし。
それに何よりポチがいるなら戦闘系は任せられる。だから反論する気は毛頭なかった。
「あ、でもカヤちゃんたちはそれで本当にいいのか? 俺と一緒に行けば、当分はこっちに戻って来れないと思うぞ」
俺の〝外道札〟がもっと強力になれば、いつでも行ったり来たりできるようになるかもしれないが。少なくても今はそこまでの効力はない。
「わたしは…………世界を見て回りたいです。死ぬ前からの夢……でしたから多分」
「多分? ……そっか。なら俺も全力でカヤちゃんを守るよ」
「あ、その……ありがとうございます……はい」
顔を真っ赤にして照れた姿が超可愛い。癒されるわ~。
「ポチも一緒に来るってことでいいんだな?」
「うん! ダイジョーブ! 二人はボクが守るから!」
「おう! 期待してるぞ! いいや、期待しかしてねぇ! ちゃんと守るんだぞ!」
「任せてよぉ~! ワオォーン!」
よしよし、やる気十分のようだ。これなら安心だろ。俺の命は。危ない時はポチの後ろに隠れていよう。
そうして皆の意見が纏まり、俺たちは一週間後の旅立ちまでここでやれることをこなすことにした。
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